バーニングマンという理想郷

バーニングマン

1週間だけの理想郷がアメリカのネバタ州の砂漠で作り上げられる。
6万人もの人が集まって作り上げられる理想郷の祭典の名前はバーニングマン。
世界最大奇祭等言われていますが、去年に引き続き、2回目の参加をしてきました。
そのカオスの一滴を文字に表現できれば。

■バーニングマン概要■
1986年から開催され続けている音楽とアートの祭典で期間は1週間
会場は砂漠;ブラックロックシティと名付けられているが、普段はただの砂漠
規模は参加者6万人超(2013年)※初年度の参加人数は100人程度で、毎年増加傾向
お金が使えず、基本的に自分らで食料、飲料、衣類、住居の用意をする必要がある■

僕は、旅をこのバーニングマンから始めた。
去年参加したこの祭典は、僕の心に深く印象に残っており、
これから1年間、海外に行くので、このバーニングマンの印象を今後の基準にしたかった。
そして、初日が誕生日という縁もあり、アメリカに留学中の友人と2人で参加した。

僕らは、バーニングマンの会場から一番近い都市、リノで落ち合った。
リノという街は、アメリカ有数のカジノタウンで夜になるとネオンが光り夜を照らすが、
街自体はとても静かで居心地のいい場所である。

一年振りに再会し、部屋で顔面ケーキ投げで誕生日を祝ってもらった。
フロントに
「ごめんなさい。部屋で間違ってケーキをこぼしてしまったから、掃除してくれない?」
と言ったものの、一向に掃除の方は来ず、チョコレートの匂いに包まれ、僕らは就寝した。

翌日、チェックアウトを済ませ、大量の買い出しを終わった頃には、夜6時を過ぎていた。
「今日初日だから、会場入るの混んでそうだね。」
「そだね。まあ、ここから2,3時間くらいで着くから、入れるの22時頃かもね。はははー」

なんて会話していたが、実際入れたのは、深夜2時だった。

こんなにも時間がかかったのには、理由がある。
まず、恩田は運転が致命的にできなかった。日本でもペーパーなのに、
一気に国際デビューした。最初に入ったハイウェイで、なぜかギア1に設定をしており、
時速100キロの所を30キロ程度で走っていたのだから、今考えると鳥肌がたつ。
助手席にいた友人は、
「死にたくない」
と一言だけつぶやき、川辺の柳のようにうな垂れていた。

上空に浮かぶ月を見ながら、会場に足を踏み入れた。
深夜の砂漠にも関わらず、光り輝く色とりどりのネオン。
デコレーションの枠を超えた、改造車:通称アートカーが会場を縦横無尽に走り回る。
四方八方から聞こえる爆音の音楽。
そして、会場の中心に見える緑色に輝く物体、「マン」が目に入る。高さは、台も合わせて大体30メートルくらい。

「あぁ。またこの会場に来たんだな」
と感慨深く、見つめる僕を脇目に友人は、
「すごいシュール」
と一言。

確かに。壮大な大人の遊園地。

夜、僕らは、少しだけ街を徘徊した。
真ん中に聳え立つマンを眺め、奥にあるテンプルへと向かう。※マンとテンプルはバーニングマンの2大シンボル。
砂漠の中に光輝くネオンと多くのジャンルの音楽が飛び交う中、このテンプルという場所だけは、異空間である。
聖域。サンクチュアリ。今年は、ピラミッドのような形をしている。

この中の空間では、みなテンプルの中心にある石像に向かい祈りを捧げている。
教会の中のような印象だ。
僕は、この空間が大好きになり、1週間ほぼ毎日通った。

このテンプル内で、アジア系の集団を発見し、声をかけた。
海外に住んでいる日本人だった。少し話した後、彼らのテントに連れて行ってもらった。
シーシャと言われる水タバコをやるテントのようだ。
そして、超エリート集団だった。
名立たる外資戦略コンサルファームのチームキャンプに僕らは、朝までお邪魔し、
日の出を眺め僕らは帰路に着いた。

翌朝、僕らはテントを張る場所を探した。
そもそも、僕らは2人だったので、どこかのテントに入れて貰った方が楽しい!という事で。
午前中、いくつか当たってみたが、良い反応が無かった。
「ボスがいないから分からない」
そっか。そうだよね。いくら、バーニングマンといえども、なんでもありって訳ではないですよね。
炎天下の砂漠で歩き回り、疲れる2人。

近くに、芸者ハウスという謎のテントを見つけ入る。
中には、クーラーがかかっていて、最高。と思ったら、声かけられる。
目の前には、去年、ここバーニングマンで会ったマイコさん。6万人の中から結構奇跡に近い再会だったと思う。
この芸者ハウスの近くのたこ焼きテントに住居を構えているというので、僕ら2人は、一緒に泊めてもらう事になった。

12人程度のキャンプで3人の日本人を含むたこ焼きテント。
僕らは、たこ焼きの一味になった。
ただ、このキャンプ、たこは持っていないと言う。
・・なんで?

午後、街に繰り出した。
このバーニングマンの世界ではお金が使われていない。
全て、無償のgiveで成り立っている。
飲み物を出していたり、食べものを出していたりするテントもあるが、全てタダで貰える。
勿論、そのgiveは回り回って返ってくるのだと思うが、僕は、取り合えずありったけのgiveを受け続けた。
途中、スペイン在住の料理修行中のジュンさんと出会い、色々と連れていってもらう。
じゅんさんは、めちゃくちゃ、いかした頭をしているナイスガイだった。

渋味と書いているお店に入る。
店員の人は、
「ジャパン知ってるよー。東京、大阪、新潟行った事あるよー」
新潟出身の僕は、初めて新潟知ってる人と会い興奮。my friendとか言って、カクテルくれた。
カクテルは全く何が入っているか不明だった。そして、全く渋くはない。
そもそも、渋いカクテルなんて聞いた事ない。
外人は、渋いという意味を知っているのだろうか。

次に、マルガリータテントに入りお酒をもらおう。
お店の店員さん、チェンソーを持ち出した。
大きな入れ物に、マルガリータの割りものを入れ、チェンソーの上に置いた。
次の瞬間、スイッチなる紐を引く。
大きな音とともに、飲み物が混ざっていく。
どうやら、チェンソーの動力を使って、カクテルを混ぜているようである。
出来あがった後には、
「へい、みんな。ここは、どこだ?」
「マルガリータ!!」
とか言って一同大興奮。
時刻は午後2,3時。昼間だろうと全く関係ない。

店を出た後もじゅんさんが
「マルガリータ、タイーム」
とか大声で叫んで、周りにいる外人も盛り上がる。中々ファンキーだぜ。

夜はしっぽりたこ焼きテントのみんなと祝杯。

マイコさん
「もう、テントメイトなんだから、好きなもの何でも食べて。飲んで。」

保冷剤を持って来なかった僕らは、冷えたビールをこの世の宝のよう眺めながら頂いた。
砂漠で飲むビールは本当に最高。

「いや、ほんとここ最近バーニングマンの準備で大変だったわ」
とマイコさん。

そう。多分、アメリア在住のバーニングマンに参加する人達の準備は、
桁違いに凄い。そして、もの凄いお金をかけている。
参加する前は、ヒッピーの人達が沢山いて、壷に入ったお酒をみんなで
分かち合って飲むみたいなイメージをしていたが、大間違いだ。
実は、かなりの金持ち層が参加している。

僕らが泊まったたこ焼きテントは、基本的にマイコさん夫妻の友達。
マイコさんフレンドだったり、マイコさんの夫ボブさんの大学の友達だったり。
そこに僕ら2人が御邪魔している形。合計14人くらい。

他のコミュニティも結構大きい所が多く、
先ほどのじゅんさんの所は、80人くらいのテントらしい。
20人くらい、30人くらいでのテントというのが多いように感じた。
コミュニティの主が2、3人いて、その友達を誘ってやっているようだ。
なので、当日初めましてなんていう事もあるとの事。
もはや、最終日まであいつ誰だっけ?みたいな事もあるんだとか。
現地に住んでいる人のキャンプは大きく、海外組だけでキャンプを組んでいる所は小さい。

ただ、一方で夫婦で来ている人たちもかなり見かけた。
それも割と年配の方で。

バーニングマンの過ごし方は、かなり別れる。
夜の音楽を楽しむ人達。
昼間にアートを見る人達。
夫婦でまるでキャンプをしているような人達。

なるほどな。

翌日、たこ焼きテントのアイデンティティである、たこ焼きをした。
たこは違うテントのアメリカ在住のしょー君が持って来てくれるとの事。
しょーくんいなかったら、たこ焼きにならない。頼むぜ、しょー君。

夕方、我々は準備を開始した。
テントメイトの鎌倉からやってきた千春が、鉄板を日本から持参。
ちなみに、この子バーニングマン_マラソンとか言って50kmのマラソンを昨日走破してるんです。
色んな意味で鉄人。
「いやー、フルマラソンとか走った事無いけど、走ってみたわー。そしたら、6時間もかかっちゃった。ははは。」
君の意思の強さに脱帽。笑顔も素敵。
ちなみに、衣装だけでスーツケースが一杯になるほど、準備万端。
一方、僕はハッピのみ。気合いが違うぜ。

たこ焼きテントは、事前の告知の効果からか、開始前から
「今日、たこ焼きやるんだって?」
という外人がちらほら。海外でもたこ焼きって知られているんだという事に少し驚き。

焼いている途中で、一人の60歳をゆうに超えているおば様が興味深そうに
見てくるので、話しかけてみた。

「おばちゃん、今回のバーニングマン何回目なん?」
「私なんて、バーニングマン歴14年よ。この祭典に育てて来てもらったようなもんよ。ふぉっふぉっふぉ。」
とか言っていた。
60歳超えて、この祭りで何してんだ?

その後、旦那さんが来て、
「白いワンピースを来た俺の妻がどこいったか知ってるか?」
と聞かれたが、既に奥さん違うキャンプへと。
これだけの勢いがあるから、来るのだろう。

たこ焼きができあがり、配る際に
「このオクトパスボール、非常に熱いから気をつけてね」
という忠告を誰も耳を傾けてくれず、全力で口の中にいれる一同。
その後、決まって涙目になりながら、口をすぼませ、ハフハフしている皆が可愛かった。

途中、たこのしょーくんが、たこのコスチュームを纏い、無事到着。僕らのたこ焼きテントは大成功に終わった。
人は、食べ物や人が群がっている所に集まるらしい。

勿論、このたこ焼きもgive精神にもとづき、お金の授受等は一切ないのだが、
終わった後の気分の高揚感は何だったのだろう。
別にバイトという感覚でも無く、自分が好きに焼いて、あげる。
自分もハッピー、相手もハッピー。この瞬間だけを切り取れば、最高だったのではないだろうか。
そんな幸せな気持ちを抱いて、寝た。

砂漠の日差しは鋭く、夜は寒い。
僕らは、2人用のテントを張り、中に寝袋をしいて寝ていたのだが、
朝8時頃、容赦無く日差しがテントを襲う。
友人は、いつも8時前には起床し、日記をつけていた。
毎日つけているのだから、なんとも真面目である。この砂漠でそのルーティンを僕は守れない。

夕方、ジャパドックなるものをご馳走してくれるテントがあるので、
向かう一同。
テントメイトほぼ全員で御邪魔した。

こちらのテントは、
マイケルとじゅんこさんのお二人のキャンプ。
キャンピングカーで来ており、なんとも快適そうな生活である。
なんと、キャンピングカーは購入したのだとか。

「はいはい、みんな何飲みたい?ビール?チェリーウォッカ?」
好きなだけビールを頂き、ジャパドックと言われる、ホットドックに照り焼きソースをつけたものを頂く。

「お二人だけのキャンプですよね?」
「そうそう。私が、こうやって色んな人に食べ物を振る舞うのが好きで、沢山持って来てるの。遠慮せずにね」

ありがとうございます。

そして、僕がこれから海外を1年間回る話をしたら、
「バーニングマンが終わったら、私たちの家に来なさい。」
と言われ、住所、アドレス、そして、じゅんこさんの携帯電話まで借りてしまった。
※後に記載したいが、大豪邸で僕らは度肝を抜かされる。

この世界では、どこに行っても何かが貰える。
水が無くなって歩いていると、2ガロンくらいの水をくれた人もいた。※2ガロン=約7リットル
そうすると、こちらも何かを人にするのが当然になる。
もの凄いいいスパイラルのように思う。
最高の循環のように思う。

このメッセージを伝えるために、このバーニングマンという祭典は作られたのだろうか。
この祭典の背景をものもの凄く知りたい。

最終日から2日前と最終日にこの祭典のシンボルである、
マンとテンプルを燃やす。

最後のこのイベントはみなが参加するので、開始の1時間30分前から陣取り、待機する一同。

マンは燃える前に、ファイヤーダンスがあったり、花火が打上ったりし、華やかに彩られている。
燃え方も派手で、大きな炎の中にマンは包み込まれ、時々骨格が姿を現す。
巨大な炎は場をチリチリと熱くし、僕の額は汗を流した。
みな興奮し、雄叫びを上げたりしながら場が弾け飛ぶ。

テンプルは対象的に、静かに燃える。
皆、この1週間、いや1年間を、空に燃えあがる炎に投影し、黙祷を捧げるような雰囲気で場が燃え落ちる。

2つのシンボルを失った砂漠は、もとの姿へと戻る。

怒濤のような祭典が幕を閉じた。

不思議と僕は涙が出た。理由は分からない。

終わり。

追記:

この祭典で大切な事
・コミュニティを作る事
・無償のギブを無意識でする事
・自分を表現する事※あまりできず。

このバーニングマンを通じて、人間が何を追い求めているのかが、かいま見れると思う。

※TOPの写真はたこ焼きテントメイトのアイカさんの写真。


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