理由を問い続ける。800キロのスペイン巡礼日記とend of the world

バレンシアオレンジ色の朝日が、濃紺の空の海に現れる。
曖昧に溶け合い出した境界を眺め、昨日の終わりを知る。
どれ程凍った地面を歩き、白い月を朝の空に見ただろうか。
彼らは知っているのだろうか。僕らがこの道を歩く理由を。

この巡礼は2013年12月1日に始まり、2014年1月9日に終わる。

【巡礼編】
サンジャンピエデポート。
冬。風は冷たく、吐く息は白い。

ここは、フランス西の端。大きな荷物に白いホタテの貝殻を括り、杖を持った人をちらほらと見る事が出来る。彼らに、どこに行くのかと問えば、スペイン国境付近のピレネー山脈を超え、スペイン西の地「サンティアゴデコンポステーラ」を目指すと答える。距離およそ800キロ。1ヶ月程の旅路となる。サンティアゴコンポステーラは、エルサレム、ローマと並んでキリスト教の3大聖地。そう、これは、聖地への巡礼なのである。その道の名は、【El Camino de Santiago】と呼ばれる。※Caminoは、スペイン語で道という意味。

ヨーロッパの各地から、サンティアゴを目指して歩く訳である。フランスから始まる道。スペインからの道。ポルトガルからの道と様々あり、始める場所は各自の自由。始める時期も、各自の自由。中世から始まったと言われるこのサンティアゴへの巡礼を、現在も年間約20万人程が行っている。フランスの西端の、サンジャンピエデポートはCamino Francesと言われるフランスの道の始まりの場所なのである。

街はポストカードに収まるような綺麗な家々が並び、道は石畳できっちりと舗装されている。街の上の草地には、羊が歩いている姿を見る事もできる。穏やかな景色と静かな興奮に包まれた街。「見送りと始まりが似合う街」という言葉が、とてもに似合う。

大多数は、夏から秋に行う。夏の時期は道が綺麗で人気なのだそうだ。僕が行った12月〜1月の冬の季節は、1年の中でも最も極端に巡礼を行う人が少ない。夏に比べて、数十分の1程の割合である。雪のため封鎖されている道もあり、巡礼宿も多く閉まっている。また、この時期、サンジャンへのアクセスも悪い。

スペインのバルセロナに到着した僕は、順当に行けば1回の乗り換えで到着可能の道程を、4本のバス、ヒッチハイクした1台の車を経て、サンジャンにたどり着いた。Camino Francesの途中の街から開始をする事を何度も思ったが、始点へと必死に拘った。始まりと終わりとをきっちりと通りたかった。ただ、わざわざこの過酷な時期を選んだ訳では無く、単に知らなかっただけである。僕は、なんとなく、何も調べずにふらっと来てしまった。ただ、この道の始まりのサンジャンの行き方だけを必死に調べて。

【end of the world】
今思い返しても、なぜ巡礼を行ったのか?という明確な理由を持ち合わせていない。なんとなく、直感で。ちょっとした冒険をしてみたかったという言葉が正しいような気がする。初日から、大変な事が沢山起こるのだが、勿論そんな事が起こるなんて予想もしていなかった。ただ、こんな不測な事が起こるから、旅は楽しいのだと思う。

【巡礼編】
まず、巡礼は、登録を行なう事から始まる。夕方にサンジャンに着いたのだが、それを何処で行うのか分からない。日曜日だったのだが、街中に人も歩いていない。ふと、僕の目の前に大きな荷物を背負った2人組が通り過ぎていった。こっそりと後を追う。しばらく細い道を何度か曲がり、巡礼オフィスを発見した。先ほどの2人は、先に巡礼の説明を受けていた。名簿のようなものがある。多分、これが登録者の情報なのだろう。今日の登録人数を見ると僕を合わせて4人。今説明を受けている、イギリスとフランス人と、スペイン人と僕。同期は4人みたいだ。彼らの説明が終わり、僕の登録が始まる。

説明は、簡単なものだった。

巡礼者は【ブリグリノ】と呼ばれる。
巡礼者は、巡礼宿【アルベルゲ】に泊まれる。
巡礼者は、証明書【クレデンシャル】を常に持つ事。
冬のこの時期、初日のルートで山の道は必ず避ける事。

他にも何か大切な事を言われた気がしたが、案内のおばちゃんがフランス語と英語を混ぜて話して来るので、なんだかよく分からなかった。僕は、名簿に名前を書き込み、証明書【クレデンシャル】と初日の地図を貰った。

「2日目以降の地図は貰えないの?」
「ここで、あげれるのは、初日のものだけ。」

まあ、しょうがない。不安はあるものの、いよいよ、巡礼が始まる。今日は、ここサンジャンの巡礼宿に泊まる。巡礼のオフィスから、暫く歩きそれらしき場所を見つける。家の外に、黄色い貝殻のマークを見つける事ができる。この巡礼では、この貝殻が全ての目印になるようだ。宿の重たいドアを開けると、老婆が椅子に静かに座っている。家の中は薄暗い。彼女は、ゆっくりと立ち上がり、僕に何かを言った。70過ぎくらいなのだろう。彼女は、にこやかに僕にはにかみ、ベットルームを案内してくれた。40脚程のベットが並んでいた。先ほどのイギリス人とフランス人と挨拶をし、僕は自分のベットを選んだ。2段ベットの下段。明日から始まる、静かな期待とそれを染める不安を空に見ながら、夕食を探しに街に出た。日曜日。多くのお店が閉まっていた。一つ、街のはずれに光が差す場所を見つけ、そこでビールとピーナッツ、サンドウィッチを頼み夕食とした。宿に戻り、この宿の日記帳のような情報ノートを見つけた。各国の人が各々の言葉で各々の気持ちを書き綴っている。1年間程遡って、日本人の書き込みを3人程見つけた。みなの決意表明を見ながら、僕も書き込む。800キロメートルを歩くというのは、未知の体験で正直、不安で一杯だった。どれだけの人が達成するのだろう。60歳以上の方々もかなり参加されているようだ。必要なのは体力だけでなく、むしろ精神力なのだろうか。そして、そのノートの途中にこう書かれてあった。
”A journey of a thousand miles begins with a single step”
日本のことわざで言えば、「千里の道も一歩から」

【end of the world】
今でも、この日、この街の事をはっきりと思い出す事が出来る。これから、何が起こり、何を考えながら、歩くのか。全てが僕の知らない世界で、どちらかというと緊張に似た感情だったように思う。ここから、始まりの場所サンジャンを見る事は出来ないが、思い出す事は簡単に出来る。どんなに小さなa single stepでもいいから、動かないと何も景色も世界も変わらない事知っている。一枚の写真を見ていても、鳥は鳴かないし、太陽も昇らない。

【巡礼編】
辺りが明るくなる前。と言っても7時頃なのだが。ゴソゴソと部屋の中が動き出す。暫くして、4人でパンとミルクを頂き、朝食を終えた。僕も、荷物をパックし終わり、背に負った。老婆に挨拶をし、重たい扉を開け、一歩を踏み出した。まだ、朝日は見えなく、外は寒い。街の中を暫く歩き、田舎の道が開ける。動物の匂いを嗅ぎながら、進む。牛、羊、鶏、犬。僕ら巡礼者は、貝殻のマークと黄色い矢印に従いながら歩く。交差点、ガードレール、道路、木々に様々な場所でその大切なしるしを確認する。途中、巡礼のオフィスで言われた、山の道への分かれ道を発見する。

山の道の方には、大きく×印が書かれている。行く事無かれ。当然、逆の方向へと進む。途中のお店で、コーラを買い、進む。一人で歩いているのだが、不思議と寂しさは、無い。歌を歌ったり、一人で漫才をしたり、動物と会話しながら、歩く。初日は、どうやらずっと上り道のようである。歩き出してどれ程の時間が経っただろうか。途中、上り坂がきつく、かばんを下ろして休憩をする。持ってきたチョコレートを食ながら、空を眺める。何処までも広がる快晴。どうやら、服を着込み過ぎたらしく、かなり汗をかいてしまった。ダウンジャケットをバックにしまい、歩き出す。しばらくして、大きな道路へと出る。時々足のストレッチをしながら、さらに進む。

山道へと道は変わる。どこかお店に入ってサンドウィッチ等と頼みたいが、山道は続く。そして、雪道になる。トレッキング用の靴をはいているものの、勿論雪の道は歩きにくい。登れど、登れど、道は終わらない。持っている杖に体重を預け雪道の途中で休憩。そして、また歩きだす。徐々に見えだす疲労の色。次第に、視野が狭くなり、少し先の道のあたりしか見えなくなってきた。

重たい荷物に重い足。初日からこんなに辛いとは想定外。中高の部活を思い出しながら、歯を食いしばって歩く。苦しみが無くては、やりがいが無いだろう。なんて、思いながら。だが、次第にそんな事を考える余裕すら無くなってくる。執拗に続く、雪。周りの木々は高く生え、空からの光を遮断する。立ち止まる回数が増え、間隔が徐々に狭くなって来た。この山道に入って、どれだけの時間が経過したのは分からない。左の足が痙攣を始める。止まっても震えが止まらない。

そして、とうとう僕はこの雪道の途中で止まってしまった。息を切らし、杖を突き、空を見上げる。あとどれ程歩けばいいのだろう、と。終わりが分からない。ふと不安がよぎる。もしかしたら、道を間違ったのではないか。確かに、貝殻と黄色い矢印を見ていない。一度不安がよぎると、もう止まらない。青い大きなカバンを雪に投げ捨て、その上に座る。持ってきた最後のチョコレートを食べながら、考えた。この道を進むべきか。戻るべきか。そして、カバンをここに置いていくべきか。或は、少しだけ持っていこうか。考えながら、僕は目をつぶった。もしかしたら眠っていたのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

ふと、声がした。目を開けると、目の前には、サンジャンの宿で会った、イギリス人とフランス人がいた。心配そうに僕を見つめ、何か食べ物や飲み物はいるかと聞いてくれた。

「もう2,3キロするとこの上り道は終わり、下りに入る。そうしたら、次の街は直ぐ見える。頑張ろう。」

この言葉にどれだけ救われた事か。彼らに手を振りながら、僕も再出発をした。のろのろと歩き、1時間程歩いて山の頂上を迎え、坂を下った。悲鳴をあげる体と一緒にゆっくりと進んだ。そして、先に街を見た。今日の終わりを見た。坂の上からは、街の全貌を望めたが、人の気配は感じない。到着すると、街は驚く程ひっそりとしていて、周りの雪が全ての音を食らっているのではないかと思った程だった。

1軒のカフェバーを発見し入る。そして、先ほどの夫妻と再会した。イギリスの男性の名前はジョン。彼は、到着した僕に真っ先におめでとうと祝ってくれ、そして1杯のビールを奢ってくれた。喉から胃に落ちるビールを感じる。冷えきった体を、暖炉の前に預け、考える事を失った生き物のように僕は揺れる炎を眺めた。そして、安堵の小さな炎が少しずつ僕を暖めた。

しばらくして、巡礼宿で手続きを行い、ベットで横になる。沼地が全て泥で出来上がっているように、僕の体も全て疲労で出来上がっているのではないかと思う程だったが、頭が異常に冴え、寝れない。7時頃。ジョン達が教会に行くというので、連いて行った。ミサである。教会を普段、観光として中に入り、綺麗だななんて事以外思った事がないのだが、始めて司祭と祈りを捧げる人を見た。白い衣装をまとった司祭は3人。どこか遠くを眺め、お辞儀をし、壇へ上がった。そして、祈りが始まった。スペイン語で祈られるそれは、どこか天から降りてきた言葉のように思えた。勿論意味等一つも分からない。

途中、「サンタマリア」という言葉だけ聞き取れる。そして、みなは十字を切る。膝をつきながら、祈る人。今にも泣き出しそうな人。無表情に正面を見る人。祈りはそして、歌へと変わった。真ん中の司祭は、中央にある分厚い聖書を開き、読み始めた。そして、僕は消えた。この空間は、僕と僕以外のもので出来上がっていた。教会でミサを行っている空間に、僕がふといるのである。ふと。キリスト教徒でも無く、宗教に関してよく知らないのだが、不思議な時間だった。

ミサが終わり、夕食を僕ら4人で食べた。

「不思議よね。こうして、昨日まで全く知らなかった人達と食卓を囲んで食事をするなんて。まるで家族みたいね」

スープが暖かくてとても美味しい。
ジョン夫妻は、仕事の休暇で来ているらしく、3日間の巡礼。奥さんが過去に2度巡礼を行っていて、今回は夫を誘い来ているらしい。夕食を終えると睡魔がやってきた。長い初日が終わった。

【end of the world】
初日、とにかく本当に辛かった。心が折れそうだった。この巡礼というものを、多くの人がやっている事を疑った。本当にみんなこの道歩いたのだろうか?僕が道を間違ったのでは?靴が悪い?バックパックのせい?靴は、恵比寿のシェアハウスメンバーの長谷部君と一緒に選んだ靴。

「みっちーさん、この靴なら間違いないです」

途中、君の顔を思い出して、何度も疑ったよ。ただ、不思議な表情を持つ君を思い出して、笑いながら歩いたよ。でも、これからもこんなに辛い日が続くのならば、今すぐにでも止めてしまいたい。

「スペイン巡礼に参加して、途中でリタイアしました。やっぱり大変でした」

なんて、乾いた笑いをしている自分の未来になり得る、過去を想像すると、やはり僕の中にいるどこからかのこの囁きを消さなくては。行く前に色々と教えてくれた福田君、おすすめをしてくれた砂漠ランナーのまもり君にもなんと言い訳が出来ようか。世の中にもしもという言葉があるとすると、もしも、あの雪道の途中で彼らに会わなかったら、僕は今何をしているのだろうか。分からない仮定を考えてもやはりその未来は、分からないのだけれども。この時は、僕の持っている何かに感謝した。

そして、砂漠ランナーのまもり君が僕に教えてくれた。

「砂漠マラソンが教えてくれた事があるねん。絶景って、ただその場所に行っても絶景やないねん。途中での、苦しみや痛みが、そのただ綺麗な景色を絶景にするねん。あとな、絶景って景色だけやないねん。」

【巡礼編】
目覚めた体をゆっくりと起こす。下半身が痛い。両足の裏が特に痛く、立っているだけでも痛い。筋肉痛の痛みとは、また違う。ベットから体を起こし、トイレまで歩くのもままならない。麻酔剤があるのならば、打ちたい。一緒にいたスペイン人から、痛み止めのクリームを貰い、入念にマッサージをする。オフィスで貰った、巡礼宿のリストを確認する。次の街は21キロのZUBIRI。その次は、27キロのLARRASONA。みなで支度をしながら、「LARRASONAでまた会おう」なんて言われ、「OK」なんて返事をしてしまったが、正直ZUBIRIに泊まりたい。と思いながら出発をする。

痛みを堪えながらの徒歩。快晴の空の清々しさに嫌気を感じる。君は、天気が良くても悪くても、どうだっていいのだろう。のんきに快晴でいられる君が羨ましい。なんて、空につぶやく。とにかく、足が痛い。山道の下りが続く。ああ、なんて綺麗な景色なのだろうと本来は思うのだろうが、そんな余裕は無い。頭の中の描かれる一枚の絵は、痛みと戦う僕で一杯なのだ。

そこに自然の穏やかさが入り込む余地はない。足は、こんなにも痛くなるのだろうか。ほふく前進をした方がいいのでは無いか。そんな事を考えていると、道が消え、一面に雪が広がっている。笑った。ここ歩くの?ここは、Caminoの道なのだろうか。もう、なんだかどうでも良くなってしまって、その新雪の世界に足を踏み入れ、雪道を踊りながら歩く犬のような気持ちになった。雪道の方が足が痛くない!そして、数百メートル程歩くとCaminoの貝殻マークと矢印を発見する。多分、地面にサインがあったのだろうが、雪で見えていなかったみたいである。

途中、小さな集落を通り、パンとハム、コーラを買い、お昼とした。道ばたにカバンをおろし、休憩。スペインの集落は驚く程、ひっそりとしている。スペインのイメージと言えば、赤。情熱で大地を鳴らす民族を想像していたが、巡礼の道で会う人々は、冬の厳しい雪に耐える雪国の人々のイメージに近い。そして、重たい腰を上げ、さらに進んだ。何度かの休憩を挟み、21キロの地点のZUBIRIに到着する。スタートから一緒の3人には、申し訳ないが、僕は今日、ここで滞在する。連絡する手段もないので、心の中で何度か謝罪をして、巡礼宿を探した。ごめん。

ただ、中々大きい街で、巡礼宿が見つからない。街の外れに、発見した。しかし、この街の巡礼宿は、閉まっていた。「11月でこの街の宿は、閉まったんだ」現在、12月3日。このどうしようもない気持ちのはけ口が無く、僕は街のベンチに座った。何も考えずに空を見た。目の前にある教会の鐘が僕に3時を知らせた。静かに。そこに、ある一人の男が近寄って来た。セルビアから来た、男だった。ひげで、顔の下半分がよく見えない。
「やあ。どうしたんだい?」
「ちょっと疲れて、休憩中」
彼は、この巡礼の道を聖地サンティアゴから逆走して歩いているらしく、今日で1ヶ月程になるらしい。

「君はなぜこの巡礼に参加しているの?」
彼は、僕に問うた。そして、解答に戸惑う。僕が、巡礼をしている理由はなんだ。そして、この800キロもの道のりを歩こうと思う、動機、モチベーションはなんなのだ。暫く考え、
「 まだ、上手に言葉に出来ないのだけれども、一つの挑戦だと思っている。勿論、こんなに長い道を歩く事は始めてだし。今、1年間の旅の最中で、勿論毎日楽しいのだけれど、何かが足りないんだ。何か。そして、今はまだ分からないんだけど、僕は<新しい何か>を探している。それは僕の近くにある気もするし、遠くにあるのかもしれない。その何かを歩きながら、考え探したいと思っている」
「君は?」
「僕は、クリスチャンでも無いんだけど、今は聖書の勉強をしている。ほら、バックにも入ってるし、ipadでも読める。読んだ後、自分で考える。とても面白いんだ。そして、知れば知る程、僕の知らない扉が開いていくのが分かる。そして、それをさらにさらにって追求をしているんだ。鍵はどこだ。扉は何だ。って。この先には、何があるんだって。この巡礼は、スピリチュアルな事を考え、そして気付く事にもの凄いい。」
と興奮気味に語った。彼が純粋にそして、楽しそうに話すのが羨ましかった。彼には分かって僕に分からない事。僕は、この時始めて扉の前に立ったのかもしれない。彼から少し元気を貰って、7キロ程先のLARRASONAに到着した。

【end of the world】
「なぜ行うの?」
この問いこそ、この巡礼の道で一番多く聞かれる質問なのだ。
そして、最も大切な問いである。
名前は?出身は?Why?大体、この3つが問われる。
理由はなぜ必要なのだろう?

世界にもし、僕しかいなかったら、この道を歩く理由を言葉にする必要があるのだろうか。自分の奥底にある何かが囁いたから。なんとなく。でもいいのではないか。ただ、自分以外の誰かは、理由を知りたがる。君は、なぜそれをしたの。この理由というのは、自分以外の誰かに説明するために必要なのではないか。そして、時には、自分を納得させるために必要なのだ。別に言葉として探さなくてもいいのかもしれない。感情なんて、不安定で消えたり現れたりする気分屋だ。それを言葉というかっちりとした、形あるものにするには、エネルギーがいるし、感情の一表面をなぞったものになる時もある。

そして、この理由だが、今この瞬間には分からない事もある。なんで、やっているんだろう。後から振り返って考えるとその理由は分かったりする事もある。でも、いつまで経ってもなぜその行動をしたのか分からない事もあるのだから、不思議なものである。直感。本能。一番、言葉から遠い言葉。

【巡礼編】
2日目、3日目共に、痛みと戦いながら、終わる。何かについて考える余裕も無く。3日目の街は、パンプローナ。ここでは、牛追い祭りという祭りが毎年開催される。街に放つ牛を市民で追い立てるのだ。毎年、けが人がでるとの事。ただ、そんな荒れ狂ったイメージとは違い、町並みはとても綺麗で中心部には、バーがずらっと並ぶ街道がある。どこも活気に溢れ、どこに入るか非常に悩む。入ったお店で、この街にCaminoショップがあると聞いた。すぐに向かい、そこで、湿布クリームとスペイン巡礼の本を入手した。早速、その本を読んでいて、一つ重要な事に気付く。バックの重さだ。

「基本的に体重の10パーセント程にする事
10キロ以上なら、バックの中身を見直して下さい」

僕のバックは28キロだった。足が痛い理由はこのバックの重さにあったんだと思う。とにかく、本が多かった。英単語帳から、スペイン語の文法書。小説。そして、スラムダンク。ただ、日本から選びに選んで持ってきたこれらを捨てる事は非常にためらった。スペインの巡礼だけが、僕の旅の全てでは無いからだ。海パンにはっぴ等は、確実にこの巡礼に必要ないと分かっている。中々捨てられない。この日、僕の他に数名が泊まっていた。疲労を回復させるために、8時頃には就寝をした。

翌日からもゆっくりと歩き、のろのろ進んで行く。前を見ても、後ろを見ても誰もいない。ただ、あるのは道だけである。道も空も羊も僕と会話してくれない。風の音が音楽に聞こえる事も、羊の鳴き声が僕を癒す効果になる事もない。誰か、会話して下さい。少しの孤独を感じながら、バックの重さを感じながら歩いた。

湿布クリームの効果があったからかのか、痛みに慣れてきた頃、頭の中で色々と考えるようになった。それも無意識に。最初は、過去の思い出が突如頭に蘇る。そのシーンを鮮明に思い出す。なぜ、今このタイミングでその出来事を思い出すのか分からない。そして、思い出が頭の中で時を進ませる。過去のその後が始まる訳である。小学校時代から、中学、高校、大学、そして、社会人の生活をピンポイントで思いながら、僕は足を進めた。一人、頭の中で自分登場の映画を見ているのだ。

無意識に何かを頭の中で思い出し、そしてその後を作るという作業。頭の中で過去と未来とが入り乱れ、時系列が乱れる。頭の中にあるのは、現在とそれ以外。その物語は、どんどんと進んでいく。そして、その物語は、誰かによって作られている。

「君は誰?」

僕の声はむなしく、大地の上に声は落ち、そして静かに消えていく。君は僕の問いに答えないが、君がいる事を知っている。そして、再生が始まる。僕はその世界を必死に追うと、しばらくして世界がふと消える。目の前には、ただ草の上を歩く羊がいる。彼らは、僕を見て何かを言っているが、僕には分からない。

「何?」

彼らは、僕の問いには答えない。ただ、草の上を歩き何かを言っているだけなのだ。

夜、一緒に泊まっていた韓国人と一緒に話した。
会話は、名前は?出身は?Why?からやはり始まった。
彼は、トゥバン。韓国には、英語名が存在する。彼らの名前は、他の国の人に取って覚え辛いので、あるようだ。29歳。会社を辞めて、このスペイン巡礼に来た。

「いや、なんだか疲れちゃってさ。僕は、会社でもの凄い働いていたんだ。朝早くから、夜遅くまで。時には、休日だって出社する。日本の会社も似たような感じだって聞いたよ。大学を卒業して、今まで毎日必死に働いた。感情の無い、ロボットのようにね。ただ、ある日突然、自分がなぜ、何のためにこんなに働いているのか分からなくなった。急に。そして、自分が何者であるのか、分からなくなった。Who am I? 俺は、誰なんだって。そこで止まってしまった。そして、この会社でこれ以上働く目的も何もかもが一気に崩れて無くなってしまった」

壊れた後に残るものは、何?

Who am I?

【end of the world】
スペイン巡礼の道では、皆何かを背負って歩いている。
どこか、弱さを抱えながら、それを撫で、見つめる時間。ふとした時に、感情が、記憶が、考えが、体を通り抜ける。その繰り返し。気まぐれに吹く風と同じ。

何かの大義名分を掲げている自分は強い。何かを強く信じている自分は強い。これをやるのは、先輩のためだ。国のためだ。家族のためだ。ただ、時に、そこに自分を失う。自分は、他人なのか。自分の外に自分を作る。このエンジンで歩き続けたラクダは、砂漠の砂塵で目を閉じる。開けると、違う世界が広がっている。

自分らしさ。自分のアイデンティティ。自分の核。

機械が嫌い。だって、みんな同じだから。代替になる自分は嫌だ。個性って、表面を覆う何かだと思ってた。僕の重たいバックパックの中に、小林秀雄の本を何冊か入れていた。その中で、自己と個性についての記述がある。

独創的に書こう、個性的に考えよう、などといくら努力しても、独創的な文学や個性的な思想が出来上るものではない。あらゆる場合に自己に忠実だった人が、結果として独創的な仕事をしたまでである。そういう意味での自己というものは、心理学が説明出来る様なものでもなし、倫理学が教えられる様なものでもあるまい。ましてや自己反省という様な空想的な仕事で達せられる様なものではない。それは、実際の物事にぶつかり、物事の微妙さに驚き、複雑さに困却し、習い覚えた知識の如きは、肝腎要の役には立たぬと痛感し、独力の工夫によって自分の力を試す、そういう経験を重ねて着々と得られるものに他ならない

他人と違う人生を送りたい。自分だけの人生を。自分を確認するために、他人と何か違う事をしなくてはいけない。こんな感情をよく持っていた。

【巡礼編】
そして、翌日からもう一人の韓国人RANが加わった。23歳。ドイツでバイトをした後、この巡礼に来ているようだ。この後、北欧を旅した後、韓国に戻るようだ。
最初に会った時、彼はベンチの上で寝ていた。
「最初の方の道が辛くて、殆ど寝れなかったんだよ」
僕も思い返したくない、絶望だったとも言える初日の道。彼は、オフィスの人が言った、【進んでは行けない】山の道に入ったらしい。その道をこの冬の時期に入り、彼は、山の上でテントを張って寝たらしい。この話を聞いたイタリア人のエミリオが、
「RAN、君は自分の運命に感謝をした方がいい。本当に幸運だったと思う。その道は、ナポレオンの道と呼ばれ、過去に死者も出ている。去年も、韓国人とブラジル人が亡くなった聞いた。本当に驚きだ。」
この初日は、みな不慣れな事もあり、多くの問題が起こるようだ。

翌日、彼と一緒に歩きながら、色々聞いてみた。
「僕は、30歳まで旅をしたい。沢山行きたい国があるし。僕は大学にも行っていないし、今大きな夢が無い。英語で説明するのは、なんて言ったらいいのか分からないんだけど。少しずつ、考えていけたいいと思ってるんだ」
この日、彼と一緒に歩いていた際、大切そうに父親の写真を取り出した。
「彼は、今病気なんだ。そして、父さんはとても不幸な人生だったと思う。」
それ以上、彼の父について聞く事が出来なかったが、彼もまた彼の何かを背負って歩いているようだ。

僕は、しばらくこのメンバーと一緒に歩く事になった。とは言っても、エミリとトゥバンは歩く速度が早いので、2人はペア。僕とRANがペア。大体歩く速度も分かってきた。僕らは時速4キロ程。一日大体25キロ程歩いていたのだが、大体7時間から8時間歩く。途中の休憩も入れると大体9時間程。朝8時頃出て、夕方4時頃の到着である。そして、夜は、エミリオがパスタを作ってくれた。イタリア出身の彼のパスタはやはり美味しい。皆で自分たちのパンやチョコレートをあげたり、貰ったりしながら進んだ。

冬の日照時間は、短い。歩ける時間が短い訳である。朝7時頃。まだ、外は暗く、頭にヘッドライトを付け、暗闇の朝道を進んだ事もあった。また、ある日は、霰が降って来た日もあった。道路は凍り、下り坂は、注意をして歩かないと直ぐに滑る。初日に貰ったリストに「年中無休」と記載がされているのにも関わらず、実際に巡礼宿の前に「水曜日定休」とかかれ、夕方からさらに10キロ先の巡礼宿まで歩いた日は、体力的より精神的に堪えた。

冬の厳しい道を僕らは、進み続けた。歩く時は、黙々と歩き、宿で皆に再会する。こんな日が続いた。ある日、あまり多くを語らないエミリオが僕らに教えてくれた事がある。

彼は、イタリアに巡礼宿を持っているらしく、この1ヶ月閉じてこの巡礼に来ているらしい。
「RAN。この前、君に自分の運命について感謝した方が良いって言ったよね。初日に、君が山の道に入って生きていた事を。俺は、今年大切な友達を無くしたんだ。今でも信じられない。自分の知らない、自分の手の届かない場所で起こる事は、僕らには何もする事が出来ない。でも、それは起こるんだ。どうしようもない。ただ、自分で出来る事は、自分で防げる。自分で自分の人生を捨てる事は、決してしてはいけない。失う事と違って、捨てるのは、いつだって自分がやる事なんだ。」
英語があまり堪能で無い事も関係したが、彼がゆっくり話す言葉は重たかった。何かを失う事以上に辛い事は無い。彼は、手を固く握り、仰いだ。

【end of the world】
エミリオが語った時の状況を良く覚えている。寒いドミトリーで火を囲みながら、皆で話していた。そして、いつも食事の話しかしていなかったのだが、この日、初めて彼について聞いたのだと思う。自分の意思で捨て、失ったものでさえ、後悔する事は多くある。そして、失った後に、その価値を認識する事はある。

もの凄い依存をしている事が、常に自分の側にあると、それが当たり前になってしまい、その大切さを忘れてしまう。この状況がまるで永遠に続くかのような錯覚を覚えて。でも、この世の中に永遠という事はありえないからこそ、永遠という言葉を好み、使いたがる事を知っている。失って初めて気付く事もあるけれど、もう元には戻れない。親への愛を歌う、ある歌手が言っていた。僕が忘れかけている永遠の錯覚は、何だろうか。価値は、まるで氷山の一角のように見えにくいものなのかもしれない。

【巡礼編】
歩き始めて20日頃。クリスマスイブだった。豪雨と強風がスペインを襲う。この日、山の上からのスタートだった、僕らは風で体制を崩されながら、必死に歩いた。今日は、ほとんどが山の下り道。ただ、そこは道ではなかった。道にたまった雨が小さな川のように流れている。その川に足を入れ、靴は勿論、水を含み重たくなる。多くの人のポンチョは風によりまくられ、雨が隙間から容赦なく僕らを襲った。隣にいる人の声も聞こえない。片手でフードを抑え、必死に前を見ながら、歩いた。残り10キロ程の道の途中に、大音量の音楽を流すバーがあった。明らかに馴染まぬ存在だった。しかし、なんだか神々しく思え入った。姉妹で営んでいるバーだった。スペイン語が、よく分からない僕は、彼女らにメニューを任せた。とにかく、暖かいものが食べたかった。野菜炒めのような物を頂いた後、コーラに、デザートを彼女らの好意で貰った。

「今日は大変な日ね。」

窓を強く打つ雨を、一緒に聞き外を眺めた。

しばらくして、一人のスペイン人がお店にやって来た。彼はビールと頼み、姉妹と楽しそうに会話している。そして、飲み終わった頃、僕を見ると、

「巡礼者だろ?僕も街まで行くから、一緒に乗っていかないか」

巡礼は、基本的に徒歩、或は自転車、馬に乗って行われる。勿論、車に乗る事はダメだろう。非常に迷った。巡礼を僕は徒歩で行っているのだ。ただ、彼の車に乗る事で、何か違う事が起こる気がした。今日はイブだ。サンタクロースからのプレゼントとして恩恵に預かろうか。暫く悩み、僕は車に乗り込んだ。

夜、宿では、今日から巡礼を開始するセシールや、他の皆とささやかながら、イブを祝って、ワインを飲みながら、ダンスをしたりした。

翌日も相変わらず、雨だった。昨日会った、セシールを加え、RANと僕と3人で、歩き出す。今日は、平坦な道が続く25キロ程の道のり。セシールの初日の道としては、とてもいい条件だった。進むにつれて、僕らは山道へと入っていった。そして、気付くと僕らは山の頂上にいた。そして、雪が降ってきた。

「ホワイトクリスマス」

皆で、笑いながら空を眺めた。この雪の降り方は、どこの世界も一緒だ。どこからか舞い降りてきて、ゆっくりと地面に落ちる。ただ、この日は途中で休憩をできそうな場所が無かった。昼をまわった頃まで僕らは歩き続けた。疲労が見えてきた頃、偶然一軒の民家の扉が開いた。

「オラ!」

そして、彼は家でコーヒーでも飲んで行かないかと僕らを誘ってくれた。家族で、このクリスマスの時期だけ、この山中の家で過ごしているらしい。英語の先生をしているお二人。僕らは、スープにワインまで頂いた。暖かかった。

「次の街まで、どれくらいですかね?」
「今日は何処に行く予定なんだ?」
「ビアフランカっていう所なんですけど」

そして、この夫妻は戸惑う。

「今日、ビアフランカに行く事は多分出来ないだろう。ここからは、非常に遠いし、山を超えなくては行けない。今日は、天気も悪い。」

なんと、僕らは道を間違い、どこか知らぬ、山中にたどり着いていたのだ。3人で取りあえず笑った。3人で歩いていると、こんな突然の事件の際に、気持ちを分かち合えるから本当にいい。

夫妻からアドバイスを貰い、この山を下った次の街に泊まる事にした。深く感謝し、僕らは山を下った。時刻は4時頃。雨が強く僕らを打つ中、このどこか分からない街で宿を探した。

「この街に宿はある?」
「残念だけど、この街の宿は今の時期は閉まってわ。」

途方に暮れる僕ら。さらに、この次の街にも宿は無いらしい。ただ、僕らが今通ってきた街に宿があったらしい。しばらく彼女は、家族と話した結果、

「いいわ。車に乗って。私が送ってあげる」

僕らは冷えきった体を車に入れた。車の中の暖かさが心地よかった。そして、宿の手前で降ろしてもらい、何度も彼女に感謝した。彼女の車を見送った後、少し歩いて、僕らは宿の扉に手をかけた。宿の扉は開かなかった。そして、僕らは、この街で立ち尽くした。次の街、さらに次の街に宿が無い事を知っている。そして、今日出発した街からここまで4時間以上かかる事を知っている。時刻は午後4時30分。日の入りは午後6時。明るい時間は残り2時間程。この山中で、この雨の中過ごす事は出来ない。一気にクリスマスにこれ以上無い暗雲が立ち篭めた。とにかく、近場の街についての情報を集める事が必要だった。近くの街まで歩くのか。あるいは、もし可能ならば、誰かの家の玄関でいいから、泊めてもらいたい。

近くの民家のドアホンを押す。軍服を来た、かっぷくの良い親父が出て来た。彼は、英語を話せなかったが僕らはジェスチャーで色々と伝えた。

「25キロ先に、大きな街がある。そこなら、宿があるはずだ」

25キロ。徒歩で6時間程の道のり。今日歩くのは、かなり厳しい。彼は、車のエンジンを付け、扉を開けた。彼は片道30分程の道のりをこのクリスマスの夕方にも関わらず、見ず知らずの僕らを送ってくれたのだ。街についてからも、街中の人に聞きながら、僕らが泊まれる安い宿を手配してくれた。
ありがとう。本当にありがとう。

「グラシアス」

この言葉で、彼に感謝の気持ちが通じただろうか。
僕らは、こうして、知らぬ街の知らぬホステルでクリスマスを過ごした。

翌日、僕らは巡礼の正しい道に戻らなくては行けなかった。この街から、どのように行くのか分からない。どうやら、バスも出ていないようだった。3人で相談して、本来なら今日ついているはずだった、「ビアフランカ」までヒッチハイクを試みる事にした。

もはや、巡礼でヒッチハイクというよく分からない状況が楽しくなってきた。朝からカフェに入って、白い紙に、ビアフランカの文字を書き準備をした。僕らの横に愛想の良い、警官がコーヒーを飲んでいた。彼らに頼んでみた。昨日のまでの雨が止み、いい天気だった。朝の10時頃。僕らはスペインのパトカーの中にいた。彼は、快く良いよなんて言ってくれたのだ。ここ数日は変わった事がよく起きる。勿論ビアフランカからは、しっかりとまた巡礼の道へと戻った。
ここ数日は、自分が想像していない事が起こる。イブの日のあのバーがそのトリガーを引いたように思えてならない。

RANがアルケミストの事について僕に教えてくれた。
「著者もこの巡礼を歩いていて、巡礼の本を出しているんだよ。そして、アルケミストもこの巡礼の道にかなり影響されているらしい」

主人公の名前は、Santiago。そう。この巡礼の皆が向かう聖地の名前だ。主人公が、夢見た事を追いかけ、「前兆」と「大いなる魂」に従いながら話は進む。まるで、突然幸福の世界から来た鳥が自分の元へ舞い込み、それを追いかけていったように感じるが、その鳥も結局は自分の世界に生きているのだ。Follow your heart. ただ、自分に従って進む事を一度失うと、その声を取り戻す事に時間がかかる事を知っている。他の世界から、僕の中に語りかけてくる事はない。世界は結局、自分の世界であり、他人の世界は他人の世界なのだ。干渉する事も、混ざる事も無い。同じ物を、同じ経験をしても、出来上がる世界が違う事を知っている。声とは何なのだろうか。どこかに生息する生き物なのだろうか。君は、彼らと一緒なのか。

【巡礼とend of the world】
残り5日間。ガリシア地区と呼ばれるスペイン西部は、毎日雨だった。毎日、道路に表示されている、目的地までの距離の標識「サンティアゴ 100」のような看板を見て喜んだ。同時に、終わる事が確実に分かって来て、悲しさがこみ上げてくる。この800キロの巡礼が終わる。勿論、終わる事を目的に歩いて来たのだけれども、終わる事がなんだか悲しかった。このゴールまでの過程が楽しかった。目的地点に行く事が、僕らの目的ではなく、目的地点までを楽しむ。ただ、これも目的地点があるから楽しめる訳なのだが。数字が減っていくのを見るのは、不思議な感情に包まれていた。何かに向かって歩けば、終わりがあるんだ。

巡礼を開始してから、35日後に僕は聖地サンティアゴコンポステーラに着いた。大きな街で、街の入り口から大聖堂までも4キロ程の道のりだった。そして、大聖堂は静かに僕らを迎えてくれた。一人の巡礼者として。ただその終わりは、あまりにも静かで、暗闇の中で文字を綴る、詩人のような気分だった。マラソンランナーがゴールテープを切った時のような高揚感に包まれ、天まで登れるような興奮があるものだと思っていたが、正直全くなかった。終わった、という感覚も無く、ただ僕は、サンティアゴコンポステーラに着いた一人の人だった。日本のツアーで来ている、おばさま方に偶然囲まれ、手を握って下さいとか、写真を取って下さいなんて言われ、少し有名人のような気分を味わったものの、もの凄い空っぽな気持ちになってしまった。

一ヶ月間の気持ちを整理するには、この一瞬では多分纏まらないのだろうとなんとなく思った。

そんなふわふわした気持ちの状態で、翌日の昼にこの大聖堂のミサに参加した。初日に聞いて以来のミサだった。大きな教会で歌われるこの歌は、僕の知っている歌は違う歌。

そして、今、僕はそこから更に西へ100km程のFinisterreという所にいる。街の意味は、end of the world. 海が広がるスペインの西の果て。空っぽになってしまった僕は、なんとなくふらふらとここまで歩いて来た。ここから、サンティアゴもサンジャンも見る事はできない。この海を渡ったら、どこに着くのだろうか。
途中で会ったみんなは、今どこで何をしているのだろう。海は、揺れ続ける。

Finisterreにたどり着く2日前。一ヶ月以上一緒だったRANと別れた。この日も、雨の強い日だった。毎日、宿で共に起き、ベンチに座りながら昼を食べ、翌日の天気を祈った。
最後の交差点に差し掛かって、お互いの標識を見た。
その手前で立ち止まる。時が止まる。

「この巡礼を決して忘れる事はない。ありがとう」

別れる際に、この簡単な言葉しか話せなかった。顔に雨が滴り降り、涙と混ざる。僕は声を必死に出した。感情というのは、やっかいなものだ。また、これも言葉から遠い世界に生きるものみたいだ。別れてからの孤独が嫌だった。

僕らは、歩く事に没頭していた。生まれながらにして、誰から習った訳でもない。歩く世界に入っていた。その世界で、僕は彼らと会った。もの凄くおかしな話かもしれないが、歩きだしてから、歩く理由を探した。何かを探した。他の人が何かを背負いながら歩いているのに、自分だけなにも背負っていないお気楽な人間である事が恥ずかしかった。かっこいい理由を探した。でも、その言葉は日が経つに連れて僕の前から直ぐに消えていった。

ただ、1ヶ月後、僕の中に残ったのは、1ヶ月必死に歩いたという事だけだった。いや、必死という単語も少し違うかもしれない。ただ、歩く事を求めた。歩いただけで、自分の過去を見た。未来を見た。自然を、月を、太陽を、友を。

出会った人は、みんな本当に優しかった。
助け合った。
僕が、何を助けたのかは分からないが。

夕方。岬にいる僕は、陽が沈んでいくのが見える。
濃い紅色の夕日が、空から海へと静かに潜り込む。
光が海と空の境目を別け、境界が徐々に消えゆく。

彼らは知っている。

スペインの西には限りない海が続いていて、太陽は毎日昇る事を。
フランスから続く道は繋っていて、この海の先にも道がある事を。
ただ、その道を彼らは知らない。

海のどこかから、歌声を聴いた。

君と、彼らは同じなのだ。