グアテマラ アンティグア ホームステイとスペイン語学習日記

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【知らぬ個室、知らぬ家族と扉】

ゆらゆらと漂う水に、感情があるのかどうか知らぬ。
どこかから、ぽたりぽたりと、音を立てて落ちるそれに手を伸ばす。
それに触れている際には、なんの感覚も無くしばらくの時が経つ。
言葉になる前の、でたらめな感情が動き出す。
気付くと水の音に包まれていた。

これは、中米グアテマラでの6週間程の生活を記録したものである。

■【日記】始まりの日
日本の、暑い夏の終わりに出国してから、7ヶ月近くが経つ。日本では、秋、冬が過ぎ、桜が咲き始める時期に差し掛かった頃だろうか。これだけ、長く日本から離れた事は始めてであるから、少しは日本の事が恋しくなるのだろうかと思ったが、今の所まだ無いようだ。「日本の事を寂しいと思わない?」と聞かれ、「いいえ」と答えている内に何だが、薄情な奴に思えてきたので、こんなに遠くに来ているけれど、自分一人で生きていける男だと見せたいのかも知れない、と考えている。ただ、寂しいと思ってしまったら、旅を続ける事なんて出来ない事を知っている。そうでなくても、僕は寂しがりやで、一人暮らしが嫌いなくらいだ。

寂しがりが関係しているのかは分からないが、旅中、ふとした瞬間に、日本の友達が頭の中によぎって、連絡をしてしまう事がある。大体、その後に後悔をする事になる。連絡をすればする程、かえってその人の事を思い出してしまい、よけいに寂しくなるからだ。終わりの無い旅では無いのだから、あと少し待って日本に帰国さえすれば、いくらでも話す事が可能なのに、なんだかこの時を逃したらいけない、或は永遠に帰る事が無くなってしまうのではないかと錯覚に陥る時がある。それは、どこか知らない砂漠の真ん中で目覚めたような気分に近い。多分、そんな事等無いのだが。

そんな寂しさを感じさせない陽気な南米に入ったのは1月の末で、ブラジルからビールを握りしめながら北上し、ボリビア、コロンビアを経て、中米のグアテマラへと向かった。中米で話されている言語も南米と同じく、スペイン語である。オラ!チャオ!グラシアス!グアテマラは物価が安く、スペイン語の訛りの少ないと言われており、多くの外国人がスペイン語を勉強する場所として人気となっているようである。そのグアテマラの中に、アンティグアという場所がある。スペイン語で「昔の」という意味であるアンティグア。古都アンティグアに僕もスペイン語の勉強のためにやって来たのだ。

4月。空は青い。町中は穏やかで、公園の中でバレーボールの練習をしている人がちらほらといる。綺麗な鮮やかな色をした家を眺める事ができ、地面はぼこぼことした石畳が敷かれている。家の壁には色とりどりの花が飾られている。小鳥の囀りを聞きながら、香りの良いグアテマラのコーヒーを飲む絵がなんとも似合う。町の中心にある公園には、緑が多く、現地の人々は可愛らしい民族衣装を纏い、笑顔で歩いている。小さなアイスクリームの屋台や、フルーツを売っている人が少し暑そうにぱたぱたと手を仰いでいる。古都アンティグアは、昔から流れる時がゆっくりと流れる川のように刻まれているかのようである。

ここアンティグアでは、スペイン語の学校に通いながら、ホームステイをする人が多い。ホームステイ。文字通り、家に住むという事。それも、自分の家族でない他の誰かの家に、である。その感覚はどのようなものなのだろうかと、興味があった。

地元で18年間、高校まで実家で育ち、大学から上京。それからは、地元には正月やお盆に帰るようになった。地元では、家庭の都合で僕は2つの家族の中で育った。そして、東京では9人での共同生活で過ごしていた。一緒に住む人によって、家の中の雰囲気は変わるし、「自分がどうあるか」という事も変わる事を知っている。「家族」という言葉は、一番身近にある言葉であると思うし、多分、どんな人も必ず持っていて、大切な存在に違い無い。ただ、なんと言っていいのだろうか。僕は、まだ何か大切な事を見逃しているような気がしていた。そんな、大切な場所で一緒に時間を共にさせて貰える、このホームステイに惹かれていたのである。

学校から貰ったリストを元に、いくつかお宅訪問を終え、僕はアスンシオン家という場所に決めた。近くに山があり、街の中心からは少し外れた場所にある。祖父祖母、父母、子供2人。受け入れ生徒は、僕一人だけだったので、家族の中にどっぷりと浸かる形になる。スペイン語が現在、全く話せないので、不安も勿論あるのだが、楽しみである。

家の玄関を開けると、左手に一部屋ががらんと空いているのが見える。おばあちゃんに案内され、ここの部屋をどうぞと通される。この旅で、個室に泊まるのは中々無いので少し新鮮だった。と同時に、別の違和感があるのだ。僕が知る限り、【僕の個室】は実家にしか無い。それなのに、これからはこの知らない個室で僕は生活をする事になるのである。

【知らぬ個室と知らぬ家族の中で】

それは、まるで自分の名字が変わり、帰る家も変わった時の感覚に近かったかも知れない。その扉を開けた先に広がる景色は、なんだか少し現実を曖昧に感じさせた。

初日、部屋について荷物の整理をする。これから1ヶ月程お世話になる部屋をぐるぐると歩き、窓を開け机に座ったり立ったり動き回る。しばらくして、お昼を向かえ、「みち!」と名前を呼ばれた。ダイニングの扉を開け、食卓のテーブルに座る。僕は、緊張しながから、ダイニングの部屋を見渡す。左に見えるキッチンでおばあちゃんが料理をしていて、おじいちゃんは僕の隣に座っている。他の皆は、仕事だったり学校だったりでいなく、3人で食べるようだ。おばあちゃんは、笑いながら僕を見て何かを話してくれて、とても陽気だ。そして、おじいちゃんもなにやら、楽しそうに笑っている。こちらもつられて一緒に笑っていた。何も言っている事は分からないが、居心地の良い空間だ。

朝6時半。扉の音で大体目が覚める。子供の【リケ】と【セバスチャン】が、学校に行く時間である。おばあちゃんは、彼らを学校まで見送ってから、僕の朝ご飯の準備をし、大体7時頃に「みち!」と大きい声で僕を起こしてくれる。呼ばれた後に、僕は部屋の中で大きく伸びをしてから、のろのろとダイニングへと向かう。「おはよう!昨日はよく眠れた?」「おはよう!よく眠れたよ」なんて会話をして、朝ご飯を食べてから、学校に通い、昼ご飯を食べるために一度戻り、また学校に行く。そして、夜にまた家へと帰ってくる。こんな生活が始まった。

なんだか、ホームステイというのは、緊張をするのかと思ったが、そんな緊張をする余裕も無い程、溶け込めたように思える。というより、話す事に必死だったのだが。食事の時には、おばあちゃんが、「学校はどうだった?」と聞いてくるので、ノートを開きながら今日習った動詞の復習が始まる。おじいちゃんとおばあちゃんが作った例文を僕もなんとなく繰り返す。その光景は少し、子供達にとっては不思議そうに見えるようで、彼らは僕をじっと見つめていた。まるで、猫が今まで見た事も無い人間を見ているかのように。その静かな子供達に、僕も積極的に話しかけるのだが、中々話を続ける事が勿論できるはずもなく、その沈黙がまた戻ってくる。ただ、おばあちゃんとおじいちゃんは、そんな沈黙とは別に、僕と積極的に話してくれる。そして、何かに笑う。そんな日々が続いた。

アスンシオンのおばあちゃんの料理は美味しかった。グアテマラの料理がなんであるのか、あまり詳しくないのだが、いつの日も食事は楽しみだった。おばあちゃんは、料理が好きなようで、毎日違う料理を作るようにしているらしい。
「料理は好きなの?」と僕が聞くと、
「ははは。料理は好きだよ。NYで家事手伝いの仕事をしてた事もあるよ。ははは」と陽気なおばあちゃん。食事中、大体肉料理から先に手を付け、野菜を後で少しずつ食べていると、「はっはっは。野菜が嫌いなのかい?」なんて、笑っている。野菜が嫌いな訳ではなく、好きな順に食べていると大体そうなってしまうのだ。
そして、
「みちは、野菜が嫌い」と僕に言って来るので、
「NO!野菜は好き!me gusta!」といつも笑いながら答える。この食事を一緒に食べる事で、彼らの空間に少しずつ入っていける。

寝る前には、2人の子供も「みち。お休み!また明日。」なんて言ってくれる。こちらも、「Buenas noches!」と手を振りながら、自分の部屋に戻る。

通っている学校も楽しい。学校では、全てスペイン語で行われる。新しい語学に手を付けるのは、中学で勉強を始めた英語以来だろうか。中学の英語の授業とは違い、目の前にはグアテマラの先生が座っているのだが、【本格的な】語学勉強だ。マンツーマンの授業であるため、勿論僕が話さないと授業は進まないし、喉も乾かない。先生は、日本語は勿論、英語も殆ど話せないため、分からぬときは、絵を書いてもらったり、ジェスチャーをしてもらったりする。最後の手段では、辞書も引くのだが。全く勉強もした事が無い言語の0からスタート。文法も単語も知らない。耳で音を聞いて、オウムのように繰り返して発音をする。ただ、英語と違い、動詞が主語に依って変化するので、そのままオウム返しできないのだが。現在系の動詞から始まり、不規則に変化する動詞、そして、過去形へと進んで行く。ただ、過去形がなぜか2つあるのだが。

アンティグアに来て3週目に突入した。相変わらず、まだ家族との会話と言う名の、アスンシオンの家族の質問に対して、僕が少し答えるというスタンスは変わらない。最近では、2人の子供も僕に話しかけてくれるのだが、やはり何を言っているか分からない。相変わらず、おばあちゃんは、僕に親切で大声で話してくれるし、おじいちゃんの滑舌の悪い言葉は聞き取れないのだが、食器の名前を一緒に言ったり、野菜の名前を一緒に言ったりして練習をする。みんなで一緒に箸の持ち方の練習をしたりして、なんとかコミュニケーションを取る。やはり、新しい言語を覚えて話すというのは、中々大変である。

そんな、ある夕食の時、小学校に通っている「リケ」が食事中にずっとケラケラと笑っている。それに釣られたように、もう一人の子供「セバスチャン」も笑っている。それも、なんかか僕を見ながら笑っているのだ。この時、彼らが何についてずっと笑っていたのかは分からないが、彼らはおばあちゃんやおじいちゃんに怒られていた。この雰囲気が数日続き、少し悲しくなってしまった。これは、コミュニケーションではなく、一方通行のそれはテレビを見ている人の反応に近かったと思う。この食卓の向こうが遠く感じた。やはり、言葉が分からないというのは、辛いのである。

しばらくして、なんだか分からないのだが、疲れた日々が続いていた。中々スペイン語が上達しなく、少し辛いというのはあるのかもしれない。旅に出て来てから長いので、疲れがあったのかもしれない。と言い訳をしても、地球の自転の向きが変わる訳でもなく、何かが変わる訳ではないので、何気なく日記帳をパラパラと捲ってみた。

【スペイン語を勉強する理由】

・中南米がかっこよさそう
・陽気な人達と会話してみたい
・英語と似ているから、覚えるのが簡単そう。

というあまり良くも分からぬ興味から始めているので、その過去の自分の適当な感覚に笑いながら、今はとりあえず、家族と会話するためという理由にしておこう、と決めた。少し出来るようになってから、もう少しかっこ好い理由でも付けてみようではないか。アンティグアの楽器店で購入した、太鼓を家の近くの公園で叩きながら、綺麗な空を眺めた。目を閉じながら、ブラジルで習ったリズムを思い出しながら、太鼓を叩く。タカラタカラタカ。語彙を増やして、先生と話して、家族と話して、太鼓叩いて。これを地道に繰り返すのみ。

ある休日、近くのカフェに行こうとした時、ずっと向こうにアスンシオンのおじいちゃんとおばあちゃんが見えた。手を組みながら、歩いているのである。おじいちゃん87歳。おばあちゃん76歳。おじいちゃんは、すっと背筋を伸ばし、少しおばあちゃんが寄りかかるようにしている。そして、僕に気が付き、「みち!」なんて、手を振ってくれた。毎週、休日の朝にメサ(キリスト教のお祈り)に出かけているのだが、なんとも微笑ましい光景だった。そして、家に帰ると2人の子供リケとセバスチャンは「おばあちゃん」と言いながら、抱きついている。この光景を見た瞬間、体の中を風が駆け巡るような感覚に陥った。この家族に導かれた理由が分かったような気がした。

ここ、グアテマラでは、彼らの中心に紛れもなく「家族」がある。家族の周りに、仕事や友達があるのだろう。そんな大切な「中心」をこのように、僕は幾度となくはっきりと見る事が出来た。そして、僕もここにいながらその優しさを受けた。些細な事を話しかけてくれるだけでいい。その小さな事から小さな愛情を感じるのである。彼らは、みんなで家族であるのだ。

グアテマラは雨期に入った。一日一回は、雨が降る。雨の影響なのかは知らぬが、停電も時々起こる。暗くなった部屋で、ろうそくの光に照らされたご飯を食べる事にも慣れた。2人の子供リケとセバスチャンとも打ち解けてきて、これから始まるブラジルW杯の選手の話をしたりする。そして、ここに来てから、5週間が経っている事に気付く。それは、来週の今頃には、もうここを出発する事を意味していた。実感が無い。いや、ただ考えたく無くなかった。この居心地の良い、ここを離れる事が。せっかく、彼らの中心を覗け、そこに僕も近づいている最中であるのに。

次の場所までの移動のチケットを取る事は、ぼんやりとしたそれを現実にする。パソコンを開けて、決定のボタンを押すのが重い。この購入のボタンを押すと、急に目の前に出口が現れるのだ。くっきりと。今まで、まるで無限に広がっているかのように感じていた空間に突如はっきりとした扉が見えるようになる。一度現れた扉が近づいてくるのか、僕が近寄っているのかは知らぬが。この終わりの扉を見る事は旅で何度もあったが、いつだって嫌だった。

そして、1週間は静かに経った。いつも通り起きて、学校に行って、食事を家族と一緒に食べた。アスンシオンの家族もいつも通り、おばあちゃんの大声と子供のW杯の話しと、僕へとのお休みの挨拶で日々は流れた。学校も最終日を迎え、町を少し散歩した後、僕は家族へのプレゼントを買って、最後の夜を過ごした。みんなで一緒にケーキを食べ、22時頃、いつものようにベットに横になった。

初日、不思議な感覚を覚えたこの部屋も今では、僕の部屋の一つのように思える。良い家族に恵まれた。とにかく、優しく迎えて貰えた。色々な事を思い出している中に、いつの間にか眠ってしまっていた。

翌日、日が昇り部屋が明るくなる。そして、おばあちゃんの声が聞こえる。

「みち!」

この声を聞くのはこれが最後なのだ。
もう一度、名前を呼ばれるまで、なんとなく部屋のベットに座っていた。

「みち!朝ご飯だよ!」

そして、リビングの扉を開けた。

■追記 終わりの日の始まり
ドアから入り込む光がいつもより眩しい。中米グアテマラでホームステイ先の最後の朝ご飯で、マンゴーとメロンを食べようとしていると、目から零れ落ちるそれが頬をするりとつたり、そのままダイニングのテーブルの上へとぽたりぽたりと落ちる。濡れた目を必死に拭いながら、マンゴーの皮を剥いて、いつもよりも余計にナイフで切れ目を入れる。口に入れても味などしなかった。少しの塩気を感じただけだった。そして、顔を上げると目の前のおばあちゃんが、やはり僕をじっと見つめてくれるのだ。日本から来たこのただの一人の若者に対して、何もスペイン語を話せない旅人に、どうしてこのように接してくれるのだろうか。感情に支配されると、言葉を上手く使えない。言葉を必死に絞り出そうと必死に喉に力を入れた。必死に。

終わり


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