どこにいても、きっとうまくいくのだ【インド・ラダック】

方向音痴の僕は、よく道に迷う。

それも、ひんぱんに。

でも、迷ったときに心に決めている決まりごとがある。

だいじょうぶ。だいじょうぶ。きっとうまくいく。

何が大丈夫なのかなんて、もちろん分からないのだけれども。

All izz well.

こまった時には、いつもこういうのだ。


※※※※※※


2017年9月。僕は、インド北部の『ラダック』へ行った。

旅をすることは好きなのだけれども、インドにはどうしても行こうという気持ちにならなかった。それは、ごちゃごちゃしているような感じで、なんとなく汚そうな印象があったからだ。

インドに行けば人生が変わるよ、なんて学生の頃はよく聞いていたのだが、人生が変わるほどの場所なんてそんなに無いだろうし、いつも話半分で適当にうんうんと聞いていた。

インドはどんな国?という質問はたぶん意味があまりなくて、くりかえしインドに取り憑かれたかのように行く人もいるし、拒否をして直ぐにかえって来てしまう人もいるし、世界の色々なものをデタラメにごちゃまぜにした感じの場所なのだと思う。

北部の『ラダック』は、チベット仏教の文化が残っている落ち着いた場所だというのは聞いていた。そして、どういうわけか僕はこの場所にひかれていた。大いなる魂を感じたサンチャゴの声を聞いたのかもしれない。

2017年の新年の目標に「ラダックにいく」という事をきめていた。もちろんその場のいきおいで決めたというのもある。でも、なんども「ラダックにいく」と言っていると、ふしぎと大切な事のように感じ、ずっと記憶のかたすみに大切に保存されていた。

話は少しさかのぼる。
2014年。ぼくは、比較的長い旅にでた。そして、比較的長い間歩いた。それは時間的にも物理的も。でも、その旅を終えてからというもの、海外へ行きたいという強い感情は、なかなか湧き上がってこなかった。

帰国したあとに、なんだか日本はいい国だなあという事を感じた事もあるし、ここには僕の好きなコミュニティがあったからかもしれない。そして、少しずつ生きることと働くことが上手につながってきた感覚もある。

でも、旅に行きたくなるというのは、そんなこと全てを忘れてなにか別の世界で生きてみたいと思う時なのだ。2014年から3年という時間を経て、その衝動はやってきたのだ。久しぶりの一人旅だった。

浅草の家から、羽田まで一本。どんどん空港が近づいてくると、なんだかそわそわしてきた。

旅の世界は、多分別の時間軸があるのだと思うけれど、なかなかその世界があらわれて来ない。僕はまだ、何かの準備がたりていないのかと不安に思いながらも、飛行機にのりこんだ。

羽田から中国を経由して、ニューデリーへと行く。そして、乗り継いでレーという空港に降り立った。標高は3,000メートル。高山病対策の薬を飲んでいたので、指先がぴりぴりと痛む。

空港から出た時の空気は、いつも吸っている空気はちょっと違って「海外の味」がした。

空はこれ以上ないほどに綺麗に晴れていて、周りは大きな山で囲われていた。今の時代だから、こうやって飛行機でかんたんに来れてしまうのだけれども、昔はどうやって来たのだろう、と思う程に大きく、きれいな山がそびえ立っている。

ぐるぐると周りを見渡していると、僕は確実に日本ではないどこかにいた。目の前には、知らない人が立っている。それは、日本でも同じなのだけれども。

しばらく歩く。

気温は暑い。

どこまでも続く道と高い山を見ていると、僕は急にだれかに押されて、とん、と向こうの世界に入った。それは、なんのお告げもなく急にきた。

現地についてから、やや遅れて僕の「旅の世界」はやってきた。久しぶりに感じる、この静かだけれどもわくわくした感覚。元気してた?なんて言いながら、僕はふたたび歩きだした。

山の上には「ゴンパ」と呼ばれる僧院があって、子どもたちが勉強をしている。街のいたる所に、マントラが刻まれているマニ車と呼ばれる、チベット仏教の大きな仏器がある。ラダックの街の一部はとてもカラフルで、お昼をすぎると多くの人が野菜を売るマーケットに変わる。この雰囲気は、中米でも見たことのあるような気がした。

世界中はもちろんどこか違うし、でも似ていると感じることがある。国境なんて、人間によって勝手にひかれたものだから、一歩境の外に出たとしても何かが急に変わるわけではない。ただ、すこしずつ変わっていく。

ときどき、この遠い土地同士がなにかつながっていたのかもしれないという事を感じると、歴史を振り返るのだ。それは、いいことも悪いことも教えてくれる。


ラダックは、とにかく気持ちが落ち着く場所だった。

日本語が書かれた旅行代理店に入ると、現地の人がいろいろと教えてくれた。(※でも一切日本語は話せない)

キレイな湖「パンゴンツォ」がとてもオススメなのだけれども、標高が4,000メートル近くなので街ですこし体を慣らす必要があると聞いた。なので、少しこの街を楽しんで行けと。そして、なぜかアプリコットの実をたくさん貰った。

後日、ぼくはスクーターを借りて、山の上の大きな「ゴンパ/僧院」へとむかった。5,6時間で着く距離のようだ。街中で聞いた話しなのだが、どうやら泊まれる場所があるらしい。途中、きれな景色をみて、ピクニックをして山の上までのぼった。山の上の方は、道とはいえないような砂利道だったが、移動はとても気持ちよかった。キレイな夕日が沈みかけたころ、僕は山頂へ到着した。

2人の赤い袈裟をきた僧侶が歩いていたので、話しかける。

「こんばんは。今日、こちらに泊まりたいんだけど大丈夫でしょうか」

2人の僧侶は、少し戸惑った顔をして答えた。

「残念なんだけれども、今日は宿泊の施設が空いていないんだ」

僕は、すこしの間言葉を失ったが、彼らがそういうならば僕には泊まる場所がここにはないのだ。かなりの長い時間移動してきたのが、そんな事を言っても意味はないのだ。

「ありがとうございます」

そう言って、陽が沈むのをみながら、僕は山を下り始めた。急いでスクーターを飛ばしたとしても、下りきる前には陽が沈むことは明らかだった。

暗闇の中、どこか分からないラダックの地を走るのは少し不安だった。ただ、ライトで照らされる道をじっと見つめながら、進んだ。

そして、僕はふと空を見上げた。


きれいな星空が広がっていた。

もうどこに泊まれるかも分からないし、どんな場所にいるのかも分からない僕はスクーターから降りてしばらく空を眺めることにした。

じっと見ていると、星の光がとぎれとぎれに僕の目に入ってくる。多くの流れ星が空を走り、高い山はこんな暗闇の中でも存在を確認できる。

きっとうまく。

インド映画「3 idiots/きっとうまくいく」の主題歌のAll izz wellを歌いながら、空を眺める。なんだか、勝手に幸せな気分を感じていた。

その後、停電をしている村で交渉をしたり、アブリル・ラビーンが流れるバーでお店の人に交渉しても中々泊まれる場所はなかったのだけれども、小さな村でやっと泊まれる家を発見した。

おじいちゃんから、可愛い孫までいるキレイで優しい家だった。

小さなマニ車をおじいちゃんはくるくると回しながら笑顔で迎えてくれた。テレビには、「ドラえもん」がチベット語で流れていた。つたない英語を話す優しいお母さんから、美味しいご飯をごちそうになり、しばらくして用意された寝室に戻った。

横になって、目を閉じる。色々な事があったけれど、最高の1日だったじゃないか。ポケットに手をいれると、どこかで貰ったアプリコットの実があった。

All izz well


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