サルバドール ナタカトシア太鼓日記

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2014年。1月の下旬。
僕は、エジプトのダハブに着いた。スペイン巡礼が終わり、心の中は波音を立てる事を忘れてしまった海のようだった。岬で海を眺めながら、太陽の昇り沈みを見る日々が続いた。旅をしていると、海の中にいる何かに惹かれて、水を蹴散らしながら進む激動の時と、それを終えた静かな状態との繰り返しが僕の中にはある。経験を比較する事なんて、まるで無意味な事だと沈みゆく太陽は教えてくれるのだが、次にやる事はスペイン巡礼とは、また違った匂いのする何かをしようと思っている訳である。それを探している内に、見えなかった月が徐々に満ちて来て、日々何かしらが僕の周りで変わっている。今、何をしても良い状況、つまり自由の世界にいるのだが、この世界にいると、無限に思える程の選択肢の中から、何かを選ばなくて行けない。自由の中で暴れなくてはいけぬ。自分の中に選択肢の優劣が見えていないと、せっかくの自由の世界にいながら、ここを流れる惰性に従って動いている感覚に陥る。自分で踏み込んだ理想郷にいながら、自分を嫌悪させる。とはいうものの、中々自分の中に優劣のものさしを持つ事は難しい訳なのだが。現在、海外を自分の好きなように移動を続けているのだが、海が突然一つの方向に向けて流れ出し、自分で自分を止められないくらい突き動かされる瞬間がある。それが見つかれば、そこまで必死に泳ぐだけである。

アフリカ縦断を考えていた。期間は、1ヶ月から2ヶ月程。ダハブの宿で既にアフリカを回った人の話を聞きながら、構想を膨らませる。虹色に輝く砂漠。火山。野生の動物。そして、これから南下をするという人を見つけ、一緒にスーダン、エチオピアまでバスで下り、まずはケニアを目指すという、ざっくりした予定を立てた。宿のスタッフに頼み、バスのチケットを買った。出発は、3時間後。受付にバックパックを預け、宿に泊まっている人と今年行われるブラジルのワールドカップやカーニバルの話で盛り上がった。

「ブラジルではリオのカーニバルが有名だけど、サルバドールという街を知ってる?」

「ブラジルのどこ辺り?」

「東だね。海が見える街で、世界遺産の街なんだけど、その街に、日本人だけでチームを組んで、カーニバルに出ている団体があるの」

「ブラジルの本番のカーニバルで叩くの?」

「そうそう。宿に集まって、1ヶ月程ずっと練習をしてから出るの。合宿みたいに。チーム名は、【ナタカ トシア】プロで楽器をやっている人から、素人の人まで集まって、皆本気で練習をしてから出るんだ。私は、去年出たんだけど、本当に楽しかった。そして、一緒に共同生活をするから、仲良くなるし。そうそう。これが去年の動画」

僕は、動画を食い入るように見た。あるチームが、街中で太鼓を持ちながら練り歩いている。動画の先に広がる、迫力が伝わって来た。

「凄いですね」
「一打一打、魂を削るように叩いているの。この動画だと、あまり分からないかもしれないけど。」

出てみたい。本能が叫ぶ。その場で音を聞いてみたい。叩いてみたい。今まで、太鼓等叩いた事は無いが、太鼓を叩くというのは、どんな気持ちなのだろうか。カーニバルに参加する側というのは、どんな感覚なのだろう。心臓の鼓動が早まる。

「今年のカーニバルは、2月の下旬からだから、早い人はもう今頃練習を始めている頃かも。行くなら、絶対に早く行った方がいいよ」
現在、1月の末。ちょうど、一ヶ月前。

直ぐにダハブからブラジルまでのチケットを調べた。値段は安くない。アフリア大陸から、南米まで20時間以上のフライトだ。もし行くなら、一緒にいくはずだった4人の日本人にアフリカを南下する計画から外れる事を伝えねば行けない。非常に悩む。せっかく一緒にメンバーを見つけ、計画を立てたのに。遥か日本から遠い、アフリカ大陸に入ったのに。ダハブの海を眺め、そして目を閉じ、静かに考えた。俺は何がしたいのだ。ある言葉がふと浮かぶ。旅の最初のお祭り、バーニングマンの言葉。

【No Specter】

傍観者であるな。表現をする側でいろと。そっと胸に手を当て、僕はブラジルへ向けた飛行機を購入した。遠い海から感じる強い力に惹かれ、僕は舵を切った。

アルゼンチンのイグアスでブラジルビザを取り、サルバドールまで飛行機で飛んだ。サルバドールの夜遅くの空港は、少し異様な雰囲気だった。目をギラギラとさせた人が多く、少し怖い。空港のインフォメーションで宿の場所を伝えると、
「赤いバスに乗れ」
と言われ、バスとタクシーを乗り継ぎ、1時間程で宿に到着した。

宿の入り口は、鉄の柵がしてある。
「こんばんは!」
ドアの前から、少し緊張しながら、僕は声を出した。そして、少し縮れた長髪を結んだ男の人が入り口に降りて来た。
「どうぞ。」
この人が、日本人チームを纏める、リーダーのなおやさん。ちょいと怖いので形式ばった自己紹介をしながら、階段を上り、宿の受付へ行く。この宿は、なおやさんの宿なので、なお宿と呼ばれている。到着した時、他のメンバーは外出中で今日到着したカップルと、エジプト風美女しおりさんがいるだけだった。部屋の中には、楽器やら、バチやらがチラチラと見える。これから、ついに始まるのである。今まで、一度も音楽をやった事ないので、不安で一杯だが、出来るだけやろうと誓う。そして、この日の夜、偶然にも街で他のチームが太鼓を叩くというので、街まで足を運んだ。

サルバドールの街は熱気に満ちあふれていた。多くの人が音楽に合わせて体を揺らしている。街の中に音楽がしみ込んでいる。小さな子供が楽器を持っていたり、ダンスをしていたりとブラジルの日常をかいま見た。ただ、地面には、多くのオレンジ色のビールの缶が捨ててあったり、ぼこぼことした石畳に坂道が多くあったりと、少し歩き辛い。しばらく歩くと、前方から太鼓の音が聞こえた。細い街の道に太鼓を持った人が隊を組み、歩いている。先頭にいる金髪で刈り込まれたリーダーらしき人の音が激しく散る。それに合わせ、他の音が乗っかる。後ろでは、大きな太鼓をリズムに合わせて上げ下げしながら叩く人がいる。圧巻の演奏だった。そして、こんな日常がこの街には、あるのか。彼らのリズムが僕の体を貫くのが心地いい。その隊は僕の目の前を通り過ぎていく。自分も、この街で太鼓を叩くのか。まだまだ、先が見えぬ。

僕は、本館から少し離れた別館に泊まる事になった。着いた日には、別館の宿のメンバーは僕を合わせて5人だった。
・34歳 イケメン、今後タイ在住予定のおーすけさん
・25歳 独特のトーンで話す、カポエイラリスト たか
・27歳 元気印の名を欲しいがままにする あすか
・45歳 インドを愛する永遠の旅人 ふくさん
・26歳 鼻の形がニンニクに似ていると定評のある自分

みんなにサルバドールのカーニバルになぜ参加しようと思ったのか聞いてみた。

「やっぱり、お祭りに参加できる側だから」

日本ではリオのカーニバルというのが有名だと思うが、勿論外から眺める観光になる。海外で、参加できるお祭りというのは中々聞いた事がない。しかも、ブラジルのカーニバルに参加できるという事で、みな興味を持っているようだ。たかは、4年前のカーニバルに参加して、楽しかったため今回も来ている。あすかも、日本でチームを組んで叩いているらしいのだが、そこでこのなお宿の話題が良くでるようだ。今回は仕事を少し休み、埼玉秩父からこのカーニバルのためだけにやって来た。これから、始まる新しい日常が楽しみである。明日の練習は、朝9時からという事だったので、早めに就寝した。

朝起きると、あすかが朝ご飯を作ってくれている。誰に頼まれた訳でもないのに、なんとも優しく気が利く人だ。シャワーを浴びて、準備をして、みんなで練習をするために本館へと向かった。

僕らの練習は、【バチ練】と呼ばれるものから始まる。
メトロノームの音に合わせて、プラスチックで出来たバチを持って叩くのである。メトロノームが1回鳴る間に1回叩いたり、4回叩いたり、途中でアクセントをつけて叩いたり。
【因に、メトロノームが1回なる間に4回叩く、刻む事を16を刻むと言う。メトロノーム1回を1拍と言い、4拍で1章。1章で16回叩く事になるのだ。】

バチを叩く際に、最初に教えてもらった、注意事項はこんなものだった。
・手首で叩く。腕で叩かない。
・叩く時は、粒を細かくする。叩く時にベチっとした音が鳴らないように。
・力まない

最初、なおやさんが叩くのを見てみんなで一斉に叩く。しばらくしてから、一人ずつ叩くのだが、これが凄い緊張する。みんなで叩いている時は出来ているような気がするのだが、一人でやると無惨なのである。音に集中すると手がおろそかになり、逆も然り。何回か叩いてもダメだと次の人へと回る。これを円になって皆でやっているのだが、自分の番が近づいてくるにつれて、手に汗を握り、心臓の鼓動が聞こえてくる。メトロノームの音が遠く感じる。イメージと体の動きが違う。左手が思ったように動かぬ。何も出来ぬまま、あっと言う間に、初日の午前の練習が終わった。

「このバチ練が全ての基礎になります。頭の中で常に【タカタカタカタカ】と音ならして下さい。16を刻む事が本当に音楽の土台なので、個人で練習をして下さい。」

午後は、別館に戻り、あすかを中心に、バチ練を行った。そう。全ては、このバチ練なのだ。手首を意識し、音を意識し。練習が終わってから、別館のスペースでメトロノームを聞きながら、【タカタカ】とリズムを刻む日々が始まった。一緒の部屋のふくさんは、メトロノームを聞きながら、寝ていたりした。寝ている時にも、メトロノームの音が頭の中に流れる。ピッピッピッピ。こいつは、機械的に音を刻む。人間が、機械になる訓練。訓練という名のものは、大体機械に近づく作業に似ている。

数日して、肌が程よく焼かれた、日本でクラブのイベントを仕切っているHiroさんが入って来た。人と集団行動をする事をあまり好まない、一匹狼のような人だった。入って来て直ぐに、この基礎練、バチ練をする意味が分からないというようだった。

「この、メトロノーム刻んでどういう風に役に立つん?それよりも、太鼓叩いた方が、効率的なんじゃないん?」

僕もこれが基礎になると聞いていたが、どのように役に立つのかは分かっていなかった。確かに、基礎がどのように役立つのかというのは、中々分からない事が多い。ただ、僕のような初心者は、最初の土台を作らないと行けない。自分で判断ができるようになるまでは、誰かに従わねば、前に進めぬ。それまでは、辛抱しなくては。

練習が始まって数日後、宿の地下室で実際に楽器を持った練習が始まる。階段を降りると、そこに防音のクッションが張られた空間がある。腰にベルトを巻き、太鼓をかける。ずっしりと重い。
楽器は4種類。
・なおやさん率いる縦長の楽器  チンバオ
・チームのリズムの要  小太鼓 ヘピニキ
・裏打ちを奏でる  中太鼓 メイヨ
・重低音を出すリズムの柱 大太鼓 フンド

僕は、最初フンドから始めた。メトロノームが鳴るのと同時に音を鳴らす、大切な楽器である。大きなバチを持って太鼓を叩くと、低い音が広がっていくのが分かる。初めておもちゃを与えられたような子供のように、無性に嬉しくなる。太鼓の皮が振動し、その震えが体に伝わるのが心地よい。

この週末、僕らは他のチームと合同練習をする事になった。初日に見た、街中で太鼓を叩いていたあのチームとである。どんな形式で練習をするのかは分からないが、楽しみである。
昼頃に、太鼓チーム「SWING」のオフィスを皆で訪ねた。金髪で刈り込みがしてあるリーダーが僕らを迎えてくれた。そして、すぐさま細い道に出て練習が始まった。彼が叩く音を真似て、僕らは叩く。そして、即興で練り歩きが始まった。このブラジルの街で東洋人だけのチームはもの珍しいのだろう。現地の人や観光客が集まる。ただ、僕らの心境としては、こんな完成に程遠い状態で音を出して、申し訳ないという気持ちで一杯だった。苦笑いをしながら、僕らは歩いた。舗装がまばらな石畳の道は、太鼓を持ちながら歩くと非常に歩き辛い。途中、太鼓を叩く手も痛くなり、少しずつ集中力も切れてきた。途中、観光客が写真を取ってくれというので、僕がそれに応じていると、メンバーから注意される。

「リーダーから目を離すな」

僕ら日本人チームのために、現地チームのリーダーが時間を割いてくれている訳だから、当然だ。この時、まだチームとして太鼓を叩いているという覚悟が足りなかった。この練習が終わってから、地下室でおーすけさんに太鼓の音の出し方を習った。自分の甘さを反省しながら、バチを握り、音出しの練習をした。

次の月曜日、なおやさんから、志望楽器の調査が行われた。この日から、地下室での練習時間を増やし本格的な練習が始まるようだ。
僕は、【小太鼓のヘピニキ】を志望した。合同練習でも一緒に教えてくれたサルバドールの太鼓チームの金髪リーダーの音が鮮明に頭に残っていた。雄々しい獣が手綱を引いているかのように見えた。僕より前入りしている4人と僕とほぼ同時期に来た同室のふくさんとへたれ王子(26歳)の、初心者3人の計7人。初心者の3人にマンツーマンで指導をしてくれる先輩がついた。自分には、ビールを握りしめる元保育士(31歳)

このへピニキという楽器は、16を刻みながら、アクセント【アタック】とそっと叩く【ゴースト】で大体成り立っているようである。必死で、僕ら3人はへピニキの楽譜を写し、練習を始めた。地下室の練習で、早速へピニキとチンバオの合同練習が始まる。だが、僕ら3人は何も刻めない。ただただ、皆が叩くのを見ているだけだった。音に入って行けない。それを見かねたなおやさんが、僕ら3人だけの練習をしてくれた。

最も基礎のサンバという楽曲の【タカラタカラタカ】というリズムを叩く。3人とも個人で練習をしていたはずなのだが、なおやさんの前になるとリズムが全て消え飛んでしまう。初日のバチ練のような緊張感。僕らは誰一人正確に叩けなかった。
「太鼓を叩く前の問題です。基礎がなってないっす」
うな垂れながら、僕ら3人は練習を終えた。各自、個別のペアの先輩から再度叩き方を習う。練習あるのみ。

水曜日。志望楽器の調査の2日後、僕ら3人は、大太鼓のフンド行きを告げられる。へピニキ人生が2日間で終わった。この日が丁度カーニバルの2週間前。各楽器の人数構成をふまえ、なおやさんが下した決断だった。へピへの未練はあるものの、気持ちを切り替えて行かなくてはならぬ。翌日から、フンドとしての練習が始まる。Hiroさんがリーダーになり、ふくさんとへたれ王子達と必死にフンドの叩き方や、リズムを覚える。

練習が行われる地下室は、閉め切ったサウナのように暑い。練習開始してすぐに、汗が太鼓の上に滴る。バチを握る手が汗で濡れ、滑りやすくなる。着ている服で手を拭きながら、必死に叩く。この太鼓を持った練習は楽しかった。自分の楽器の音がする。そして、他の楽器と音が合わさる時には、なんと言えぬ気持ち良さがある。最初は、自分の音を叩くだけで一杯だったのだが、徐々に全体の音が聞こえるようになって来る。ある日、僕は久しぶりに日記を書いた。

サルバドール@なお宿
このサルバドールのカーニバルを何と例えたらいいのだろうか。
上品さ等いらない。荒削りでよい。

荒れた海を踊る船のようである。
その船は波の呼気に揺られながら、進んでいく。

海の上には濃霧が強い。
他の仲間の姿が見えぬ。

ただ、どこからか聞こえてくる音に合わせて
ステップを踏もう

次第に霧が晴れ、空が見える
進むべき海が見える
仲間が見える

そして、海の上には、船を引っ張る人が見える。

僕らは踊る。

そして、空へ向けて飛び出した。
自由だ。

終わり。

フンドのチームにも新しいメンバーが加わり、本番までの日が1週間と少しになった。皆でリズムも覚えて来て、順調に進んでいるかのように思っていた。ある昼、僕らはなおやさんに呼ばれた。

「最近、どうっすか」
皆の少しの沈黙を破り、日本から、このカーニバルのためにサルバドールに来ている、さっちゃんが口を開いた。

「私は、全然ダメだと思っている。皆が何を考えているか分からない。Hiroさんがリーダーをやっているけれど、実際何もいい方向に導いていると思わない。練習が始まる時間も決まっていない。なんとなく集まって、なんとなく始まる。練習の内容も突然変わったり、何をしているのか、正直分からない。そして、それに対して誰も何も言わない。この状況が本当に嫌。」

この時、チームとしてどういう状態なのかという事について、考えていなかった事に気付いた。さっちゃんは、このカーニバルのために日本から来ている訳である。他のメンバーは、世界一周の途中で寄っているという感覚に近かったのかもしれない。さっちゃんと僕らの大きな違いは、モチベーションの差だった。僕らは、現状のこの程度で良いとどこかで思っていた。音を刻める人は、チンバオ、へピ、メイヨに行き、いつのまにかフンドチームはお荷物のように見られるようになっていた。また、あのフンド、音ずれてるよ、と。音を正確に刻める人もいなく、いつの日からか、僕はこの程度でという空気が蔓延していたのかもしれない。そして、この日から、朝練習の前にフンドチームの練習を行う事。練習前と練習後に話し合いをする事を決めた。僕らのフンドがチームとして始まったのは、この日だったのかも知れない。

翌日から、キビキビとした練習が始まる。朝時刻通りに集まり、ミーティングを行う。練習時間、休憩時刻も区切った。そして、僕らだけでは、音がずれているのかどうか分からないため、音大卒の目力の強い、チンバオの【のぶサン】に練習を見てもらうよう心がけた。この日以来、僕の日記帳は、チームの課題とその対策方法をどうするかという事で埋められるようになった。

本番まで1週間を切った、最後の日曜日。また、問題が起こる。練習の開始時刻になっても、メンバーが集まらなかったのだ。別館にいた、ふくさんと僕以外の誰も。翌日の月曜日のミーティングで普段は大人しい、ふくさんが声を荒げた。

「なぜ、昨日他のメンバーは来なかったのか教えてくれよ。全体で、毎日朝練習をする事を決めたじゃないか。」

サッカーをしていたメンバーがいた。宿で寝ていたメンバーがいた。

「本番までもう1週間を切っているのに、自分勝手な行動をするのは正直考えられない。」

正直、僕も日曜日に僕らを結んでいる糸が暗闇の中で音を立てて切れたように感じた。終い。了い。僕らはチームである。各自の楽器を正確に刻むだけでいいという訳でも無い。お互い、コミュニケーションを取りながら、お互いの関係を作り上げて行くものだと、なおやさんが何度も言っていた。しかし、僕らはお金をもらって楽器を演奏するプロフェッショナルな集団では無い。各自の好きで、この宿に集まって練習をしているから、嫌に成る程の練習を強制させる事等できない。この話を切り出す事は中々難しかった。この話をする事で、メンバーに圧力のようなものをかけてしまう事を恐れた。ただ、ふくさんが先陣を切って話してくれたお陰で、何が問題だったのかも分かったし、チームとしてまた前進が出来た気がする。あの時、何も言わない方がもっと問題だった。納得しながら僕らは、少しずつ進む。

衣装の作り込みをしたり、リズムの最終確認をしたりして、カーニバル本番直前となった。僕らの出番は、土、日と火曜日の3回。本番前最後の練習が終わった。あとは、練習でやって来た事をやるだけだ。初日の土曜日は、強い雨だった。衣装に着替え、メイクアップした僕らは、宿で待機をしていた。興奮が止まぬように、始まる前僕らはこの日誕生日の人を祝いながら、気分を高鳴らせた。午後8時。出陣の時が来た。

なお宿の前の通りでなおやさんを最前列に従え、隊を作る。
夜。辺りは、暗い。周りには、まだ人もいなく静かだった。
一瞬の静寂。そして、音が静寂を切る。
音が、外へと広がっていく。開放感がある。
全身が震えてくる。
嬉しさと興奮が飛び出す。
この日のために僕らは練習をしていたんじゃないか。
街中にこの僕らのチーム、ナタカトシアの音を届けたい。

ただ、途中から、音がズレだす。楽器を持ちながらの練り歩きで、いつもより、列が長くなってしまい、前の音が聞こえない。前列と後列で奏でる音がズレる。僕らの隊は、引きちぎられたような列車のように別々に走り出していた。2時間程の演奏を終え、宿へと戻った。本来ならば、みなで祝杯を上げているはずだったが、そんな雰囲気ではなかった。
「こんなはずではなかった」
皆が、そう思った。本番で、舞い上がってしまったのか。周りの音を聞け。隊を小さく纏めよ。コミュニケーションを取れ。そして、隊列の変更と注意事項を皆で徹底して共有した。初日は、不完全燃焼。悔しかったのは、多分僕だけでは無かったはずだ。

2日目、そして最終日と、どんどん音が纏まって、気持ちよく駆け巡るナタカトシアを感じた。皆が笑い、音が弾け、彩り綺麗な興奮が止まらぬ花火のように咲き続けた。最終日、広場から路地に抜ける僕らの最後の場所で、今までの練習を急に思い出し、涙ぐみながら、太鼓を叩いた。持てる力を全て注いで。街中の人も体を揺らしている。そして、練り歩きは最後の楽曲アトゥーンへと変わった。リズムが早い、疾走する音楽だ。気付けば、僕らは街中で人々に囲まれていた。初日の夜に見た、太鼓を叩いている集団を見てから始まった。今、僕らはその演奏側にいる訳だ。あのチームにどれだけ近づけたのは分からないが。街が綺麗だった。一人一人の表情が良く見えた。知らぬ街で見えぬはずの音を通じ、僕らは通った。街の光に照らされた音が、虹色に見えた。アトゥーンのフィナーレが終わった後も拍手は止まらず、アンコールが始まる。そして、僕らはもう一回太鼓を叩き、そして僕らは幸せな馬車のようにその場を駈け去った。

こうして、僕の1ヶ月程の太鼓生活は終わった。カーニバルが終わった後、手は痙攣しかけていて、握り開きをするだけで痛かった。満身創痍という言葉は大袈裟かもしれないが、ただこの痛みは気持ちよかった。リズムを刻めず、何度も悔しい、悲しい思いをした。今となれば、基礎の16を刻む事の大切さを感じる事ができる。深夜、急にメンバーから抜き打ちのバチ練が始まったりした。音がずれていて、何度なおやさんから止められただろうか。音を聞けと何度注意されただろうか。僕らのフンドチームは、他のどのチームより問題の多く、多く話し合いをしたチームだったように思う。ただ、遠いアフリア大陸から太鼓を叩くためにやって来て、よかった。本当に、楽しかった。音楽を自分が奏でる側の喜びを、楽しさを少しは分かった気がする。

カーニバルが終わってから、僕らはしばらくなお宿にいた。
ここを去るのが寂しい。多分、みな同じ思いだったと思う。一緒にいる時間が長ければ長い程、別れるのが辛い事を知っている。

今、地下室の楽器は綺麗に整列している。最初に、フンドチームのhiroさんが去り、いつも皆に笑顔をくれたあすかが去って行った。メンバーが去る時に囲む円が徐々に小さくなって行く。毎朝、朝ご飯を食べる人が減っていく。僕らの演奏は終わったんだ。2014のサルバドールでのナタカトシアは終わったんだ。太鼓を叩いた手の痛みが消え行く。燃えた火で暖まるのも終わりである。別れの時に、皆のどれ程の涙を見たか分からない。今度は、僕がこの街を去る時が来たみたいだ。

タカラタカラタカ。

終わり


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