井戸とラクダ

【井戸とラクダ】

始まり。

井戸の中に落ちたい。そんな衝動を抱く事がある。あの、ずっと下まで続く空間の中に入り、その一部になりたい。井戸の底で自分を見つめ、空を眺め、雲が動くのを確認し、目を閉じる。これは、生きている空間と、想像・記憶とを繋げる作業である。この出来事を一度、二度と繰り返している間に、自分が今ドコの空間場所にいるのか分からなくなる。うねりの中へと入る。境界がぷつりと消え、砂漠のような海を見る。足を止め後ろを振り返ると、足跡が刻まれている。不思議な程、くっきりと。風が吹くと、跡は消える。また、ここからの始まり。時間のいたずら。時間と自然は仲がいい。彼らは、知っている。砂漠にいる大きな鳥の鳴き声で、世界が始まる事も捻れる事も。

終わり。

皆さま

 こんばんは!恩田です。日本を離れて半年が経ちました。そろそろ、蕎麦とわさびの匂いが恋しくなって来た頃です。誕生日に日本を出国してから、アメリカに入り、東南アジア、スペイン、アフリカ、南米へと移動をしております。

今、こちらは夏。日中の気温は30度を超えます。南半球って、本当に季節が逆なんですね。はい。世の中にどれだけの国があるのか数えた事がないですが、本当に、見た事の無い文化があって、人がいて、リズムがあるんですね。たまたま、僕は東洋の島国の雪が降る地方出身の一人であって。新しい場所に行く度に、新鮮な感覚を触る事が出来ます。そして、その感覚を味わって。

旅に出た理由や現在感じる事等を書きたいと大真面目に思って、この文章を正座をしながら書き始めたのですが、片手にビールを持っている現在。もっと後になると違う理由が分かるのかもしれないですし、そもそも理由なんて言葉の世界に存在しているだけの住人なのかもしれない。僕らは、笑いたいから笑うし、泣きたいから泣くし、食べたいから食べる。そんなものなのかもしれない。僕らが会話するためには、どんなコトバで話せばいいのだろうか。家のお話と、うねりのお話と、井戸のお話。

 2011年。僕は、大学を卒業し、社会人になった。

社会人になって何かが直ぐに変わったという事は無い。来週の自分も昨日の自分も大体同じである。急に空を飛べるようになった訳では無い。唯一変わった事と言えば、シェアハウスを始めた事だろうか。三軒茶屋の2LDKに友人の男5人。そして、恵比寿で戸建てを借りて、男9人で。一つ屋根の下で一緒に暮らす生活。18まで一人っ子だったという事もあり、僕は単純に寂しがり屋なのだと思う。誰かと一緒にいたい欲が強いのかもしれない。家に帰ってきて、誰かがいて、気軽にどこかに行くのを誘えて、相談もできる。そんな空間・居場所を望んでいたのかもしれない。

>>土曜の朝に男数人でお洒落なパン屋でブランチなんてしてみたり、歯磨き粉を洗面台に置くか、お風呂場に置くかで真面目に議論をしたり、たらりらたらりら。

自分の中を支えていた、大好きなシェアハウスを体から大切に抜き取り、僕は旅に出た。同時に、会社も辞めた。再建築開始。

家の中を照らす、ぼんやりとした光に隠れる不安を見つめるため。
ゆらゆらと。

僕は、日本語しか話せなかった。いや、幼少期本が嫌いだった僕は、時々言葉使い、文法もおかしい。僕らのシェアハウスには、よく外人が来た。住んでいる9人の内、7人が世界一周を経験していて、6人は英語を流暢に話せる、海外が好きな奴らと住んでいた。皆の海外の友達が来る際、僕は簡単な挨拶をした後には、いつもそわそわしていた。外人が家にいる時、僕は落ち着かなかった。自宅なのに。身振り手振りでなんとかなる。そう言う人もいる。何かは通じる。ただ、多くの何かは通じない。ただ、僕は、彼らと話せない事が悲しかったし、悔しかった。何を考え、何を思っているのか。会話したい。そんな事をよく感じる日々が積み重なった。日本にいるのだから、日本語だけ話せれば十分。確かにそうかもしれない。英語を話せるとどうなるのか分からなかった。

 そして、2013年10月、11月に、最近日本で流行しているフィリピン留学に行った。フィリピンの学校生活は、もの凄い規則正しく、朝の5時から起床&点呼から始まり、10時に就寝。平日は外出禁止、酒禁止という受験生のような生活だった。非常に充実していて、話せる英語を勉強するにはかなり良い環境だったように思う。現在は旅をしながら、少しは外人の人と会話は出来るようにはなった。家の中でそわそわする事は無くなった。それどころか、他の人の家にもお邪魔出来る。英語を話す事に2ヶ月を費やした事に、全くの後悔は無い。

授業の中でプレゼンの授業があり、「君のモットーは何か」「尊敬する人は誰か」「好きな言葉は」等という事を発表する場があり、過去を振り返る良い機会にもなった。大学1年生の春休み、学生生活をこれからどうしようかと悩んでいた際に、とあるイベントにいった。東大、経産省というエリートコースから一度道を外し、経営者になった方のスピーチだった。ある、大手書店の経営者だった。

「僕らはなぜ生き、なんのために生きるのか。これを考えなくてはいけない」

なんと表現するのが適切なのか分からないが、悶々としている僕に、激烈な稲妻が落ちた日になった。静かな砂漠に、南米の滝壺から運ばれたような豪雨が降り注がれ、心境はテレビの砂嵐のような状態。今まで、そんな事等考えた事が無かったのだ。

この言葉をメモ帳に大きく、何度も書いた事を覚えている。そして、その途方も無い大きな問いに対して、どこからどのように考えればいいのかと悩み、大きな絵画をびりびりに破いて、くしゃくしゃに丸めたいような気分になった。また、同時期に見た、ジョブズがスタンフォード大のスピーチの中で、「follow your heart」という事を言っていた。両者をふまえると、頭で考え、心に従う。これが両輪だと。成る程。つまり。つまり、どうすればいいの?

 正直に生きるという事は言葉でいうのは簡単だがなかなか難しく、自分の心ってどこやねんって、突っ込みを入れながらものすごく悩んだ。当時に、自分に悲しみを感じた事も覚えている。自分という一番身近な存在でありながら、自分を知らない。知らないというより、分からない。そして、自分探し等というよく分からない事を始める。自分の家の中で、自分探し。「ただいま!僕、どこ?」って。とある本で、君はそこにいるのに、何を探しているか?という文句があった。自分が何を考え、何を求めているのか分からない。なんだか、自分の尻尾を追いかけてくるくると廻る犬のような気分。多分、単純に、それまでは、自分に、自分の家作りに興味が無かったんだと思う。どんな場所でどんな風に他人を迎え入れたいのか。愛の反対は無関心。という有名な言葉があるように。受験勉強は必死にやったような気がする。ただ、それ以外は殆ど知らぬそこらに転がる田舎の国から出て来た大学生だった。特に、何かに縛りつけられていたような感覚も無かったし、僕を縛り付けていたものが何かは知らぬが、これを人は視野と呼ぶのだろうか。そして、その時に、それまでの自分を振り返り、僕の家の建築は土台すらない事を受け入れた。何も描いてすらないんだと。まず、この事実を受け入れる。苦い薬だ。だから、これから、自分で絵を書こうと。とりあえず、その視野とやらを広げるために、色々と手を出してみた。理系なのに、商学部への編入試験受けたり、公認会計士の学校に通ったり。他の人から見たら、気が触れているように見えたかもしれないが、当の本人は大真面目だった。ただ、何かを掴みたかった。何かを。必死に。

この頃からか、少しずつ自分に従う事を覚えたような気がする。色々な事に手を出す事と自分に従う事の関係がどの程度あるか分からないが、相対的に自分の興奮度を知る事ができる。いくつかの団体にコミットした。砂漠の民が色んな遊牧民の家で過ごしたようなものだろうか。その時の、感情が動いた事って記憶に残っているし、逆は味気ない小説のようにただ時が流れていくようなものだった。なぜ、心が動いたのかって言葉で説明が出来ない事も多々あるけれど、真摯に何かと向き合った際、何かによって、ぐいっと自分の中のモノが出されるあの感覚。その流れを追っていく。川上には何があるのだろうと。感情の揺らめき、もの凄く大切な事だと思っている。あるビジネルスクールの講義の議事録を書いている際に、講師の「この数ヶ月で感動した事は何かという問いに答えられなかったら、何かを変えなくてはいけない」という言葉を良く覚えている。そして、その場にいた一流企業のミドル層の誰もが答えられなかった事も。小さな事でいいから、自分に従う事に慣れる事。徐々に感情の起伏を感じるようになる。生きている感覚がする。鼓動が聞こえる。逆に、感情を殺す事を覚えると、忘れてしまうんだって、僕は思う。ただ、この鼓動は1日2日で、聞こえるものではないようだ。しばらくの時を必要とするから、見極めが難しい訳である。
また、社会人になってからは、シェアハウスのお陰で、自分の家の興味と他人の家の興味を探す程に少しは余裕が出て来たのかと感じる。

今、海外で放浪をしているのだが、周りの環境が日本にいる時と大きく変わったように感じない。勿論、言語も違うし、食事も違う。ただ、毎日、朝は来るし、トイレにも行く。形式が違うだけで、どこか同じように感じる。果物は木から落ちて地面は汚れていたし、夜空に星も見える。砂漠でも東京でも同じ事だ。長期で旅行に来ている人で、飽きて来たという人を多々見る。毎日、遺跡を見て自然を見るという行動が何の刺激も感じなくなってしまったと彼らは言う。日本を出る前はこの、非日常の世界を求め来て、日常の世界から足を踏み入れる訳である。ただ、しばらくすると、その非日常の世界も日常という強烈な力を持った世界へと取り込まれしまう訳で、また「新しい」日常が始まる。非日常は、扉を開ける瞬間に入り込む、光のように一瞬だけ見える表情なのかもしれない。何かを変える際の、うねりのようである。勿論、扉の先には新しい日常が待っている。探している何かは、うねりと言う非日常にあるのでは無く、うねりの先の日常にあるのだと思う。旅をしながら、シェアハウスの生活を思い出す。歩き続けるラクダ。時々、井戸に潜る。

おわり。


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